夢み、求め、探す。
これが「愛」の実態らしい。らしい、というのは、それが定かでないからだ。
夢み、求め、探す。
当の本人は、そこに実在している。
ところが、夢み、求め、探す── その対象は、そのとき実在しないものだ。
ここに夢み、求め、探す者が、ここにあるとしたら、その希望はどこにあるだろう?
希望はここにある、その者が抱いているものでありながら、それは希望であるがために、けっしてつかめないものだ。
漠とした、夢そのもののようなもの。
希望の悲劇は、それが実現したら終わってしまうことだ。
夢を、夢のまま、残すこと。
夢の中で、生きていくこと?
それが、もしかしたら、実現しながら終わらせないで行く、方途の一つかもしれない。