「愛と苦悩の手紙」

 困った時の、太宰です。

 サリンジャーのライ麦畑も読んで、面白かったけれど、さて次に読むものが無くなった。
 カフカは書き急いだ感じだし、ソルジェニーツィンは読めなかった。
 大江もニーチェも入って来ず、O・ヘンリもこんなんだったけという感じ。
 サルトル、… いや、もういい。

 何より、さあ自分はどうやって生きて行こう、という今まで何回も繰り返してきた、このワン・パターンの壁にまた当たって、つんのめった真っ最中だった。

 風呂場で何か読む本はないかと、ステレオコンポの下にある小本棚で物色中、太宰の「愛と苦悩の手紙」。
 太宰か、と、ややげんなりしがら取って、湯船。

 面白かった。
 太宰は、漱石もそうだったかもしれないが、読者へのサービス精神が旺盛な作家だった。

 痛々しく感じる時もあった。が、「手紙」となると、相手を思いやる痛々しさ、もちろんあっても、それより、なにやら、そのままさの方が、まさっている感じ。

 お金がなくなって、太宰が親しい学生に、誰かへ金を借りに行かせる。
「私が行くのがスジなんですけど、私だと、帰りに(飲み屋に入って)使ってしまうかもしれないので、この学生に行かせます、信用できる人です云々」みたいに書いてある手紙には笑ってしまった。

 自分で自分がアテにならない。
 人から信用されて、初めてアテになる?

 ああ、やっぱり太宰、大変だった。
 いや、みんな、生きてるひと、大変だ。