「医者として平穏に暮らしたかった」「書かなきゃよかったと本当に後悔している」
晩年か、セリーヌはそんなことを言っていたようだが、それは彼の一面にすぎないだろう。
ただの町医者で、穏やかな人生。何も書かず、朝昼晩、白衣を着て椅子に座り、一日一日、規則正しく、三食食ってワインを飲み、夜が来れば安穏と眠る。それだけの生活。彼の運命はそれを許さなかっただろうし、彼の精神はそれで満たされようともしなかった。
国賊作家、《書いてはいけないこと》を公然と書き、何の理由かも説明されぬままデンマークの収容所に強制収監、彼の本を出版した社長は暗殺され、セリーヌ自身、その晩年は極貧と極寒の地で奥さんのリュシェット、猫のベベール、犬のベッシー、オウムのトトと、それでもしあわせに暮らしたろうか。
最晩年は、痩せ細り、元気だった頃と別人のようになっていたという。
だが、彼の精神は健在だった! 「俺は水だけで生きて行ける」と言い、写真に見るセリーヌの眼はけっして死んでいなかった。取り憑かれたようなものでもなく、いつもと変わらぬ、ただ歳を取り、老いただけのセリーヌだった。冷静で、強く、けっしてひとりよがりでなく、世界を見つめる──
セリーヌは死ぬまでセリーヌであり続けた、彼の本意不本意に関わらず。
世界も本質は何も変わらず、風采が、衣装が変わっただけだ。手を変え品を変え! 貴様ら、これで満足か? 踊れ踊れ! 子豚ちゃん、整形シリツをしてあげよう! プチプチのプチ! 男どもが泣いて喜ぶよ… あそこのジッパーも壊れんばかりさ! キャンペーンは続行中だ、果てしない自慰! 多様性! オナホール! 差別、NO!を掲げた《無差別》テロ!
ユダヤ人をユダ公と呼び、ヒトラーをドイツのゴロツキ野郎と呼び。
フリーメイソン、秘密結社。セリーヌは、書かずにはいられなかったんだ、のちに自分がどんな酷い目に遭うか、わかっていても。
陰謀論が事実であるのか、でっちあげなのか、知る由もない。が、自分が酷い目に遭うことを知りながら、書かざるをえなかった告発。そのセリーヌの覚悟、勇気。紛い物でない、本物だ。そいつは、それは、信じられる…… 貴く、尊い、尊いものだ。