言葉の人

「私はもうあとは死ぬばかりだから、どうだっていいんだ、ただ、ただね、こんな《世》を、引き継がせる、子どもらが、今いる子どもらに、それだけが。」
「かってにやってくんだろ、今の子ども達も。次の世代も、次の世代も。その時、その時代で、できることをやってきた、それだけに違いないよ…」
「私についちゃ、満足だよ。もう足りないもんはない、過ぎるほどに満たされた、こんな生になるとは思わなかったが! でも、あとのこと、《のちの世》、この、今ある世界のことを考えると、《私》以外の《この世》のことを考えると、もう満足どころじゃない、大不満だこん畜生」
「政治戦争環境、何だ何だ、かんだかんだ…」
「そう! とんでもねえもんだ」

「いつの時代だって、そうだったろうよ。ピカソだって、仲間と一緒に嘆いていたよ。お前さん、《世》と《私》を分けているが、この世がきみの理想にかなっていないから、世に対して不満なんだろう? 分けられないものじゃないか、昔は、『余は満足じゃ』と、自分のことを余りとした。でもあれは《世》だったんじゃないか?《私》も《世》も一緒だったんだ… 『この世を見れば不満で私だけを見れば満足』なんて、分けるのはおかしいよ。きみが満足してるなら、良いじゃないか」

「ところが俺は、俺だけで生きてきたんじゃなかったんだ、生かしてきてくれた、いろんな人がいたんだ。だから自分だけが良けりゃいいなんて思えない。」
「そう思うのもお前さんのかってだよ。まぁ、お前さんみたいな出来損ないの、ろくでなしが生かされてきた世界は、何だったのか?」
「わからないよ…」
「それでいいんだよ。分ける・・・から分からなくなるのさ。分けられないものを、分けるから。分からなくていいんだよ、そっから始まって、終わってくのさ… きみの世界も、きみ以外の世界も。めでたいもんだよ、月が出て、陽が沈んで、ほれ地球は回ってる… めでたいめでたい! めでたいの語源を知ってるかい? でたいだ、じっさい愛でる、愛でられるべき世界だよ…」