去年の夏の想い出

 ぼくの、最も年長の友達、90歳近いYさん。
 彼が紙ヒコーキを飛ばす、奈良公園内のK緑地。
 電話で、「また来いや」と言われて、行った。

 久しぶりに会った。元気そうでよかった。
 耳が遠いのは、本人がいちばん悔しいだろう。
 でも、こちらが繰り返し話せば、チャンと伝わる。
 ほかにも、紙ヒコーキを飛ばすご老人が3、4人、いらっしゃった。

 遮るものが何もない、広い緑地に、晴天の空。
 暑かったけれど、ほとんど大草原(大芝生)の中では、風、空気の通りが良く、気持ちがいい。

 木陰のベンチに座って、話をする。
 鹿が一頭、そばに来て「箱座り」して、ジッとこちらを見ていた。他の鹿、5、6頭は、木陰で芝生を食んで。

「奥さんも元気か」
「はい、元気です。Yさんの奥さんのことも、たまに思い出すんですけど、お若いですよね」
「うちの? うん、元気だよ、もう85だ。毎日、ヨーグルト食っとる」

「Yさん、やっぱり毎日バナナ食べてます?」
「うん、1日1本、絶対食っとる。奥さんはヨーグルトで、おれはバナナ。
 ヨーグルトなんて、こんなちっちゃいの、100円するやろ。
 でも、おれは5、6本で100円のバナナ。イイもん食っとるんや、うちの奥さん」

 おかしそうに、笑う。つられて、ぼくも笑う。
「こないだ、ネットのニュースで、明石家さんまが言ってるの見たんですけど、笑うって、ほんとに身体にいいみたいですよ」

「そう、笑うのはいいよ。声を出してな」
 言われるそばから、ぼくは笑ってしまう。
 ニコニコと、品良く、やさしげな眼差しでまっすぐぼくを見ながら話すYさんを見ていると、ほんとに嬉しくて、楽しくなって。

 そして、いつもセンスのいい冗談を言ってくる。
「いやぁ、人を笑わせるって、大変なことだと思いますよ」
「そんなことないやろ。自分(ぼくのこと)、いつもひとりで笑っとるやん」

「そりゃYさんと会えて嬉しいからですよ」
「ま~た、うまいこと言うなぁ」
 やっぱりまっすぐぼくを見て、Yさん、ニコニコ言う。

「ワクチン接種、1回目、済んだんだよ」
 紙ヒコーキ仲間の人が、そばに来て、Yさんとぼくに言う。
「2回目が(副作用)怖いなぁ。かめさん、もう済んだ?」

「いえ、まだ何も(接種に関する市からの郵便)来てないです」
「そうやろな、若いもんなぁ」
 ふたりのご老人が、少し離れた木陰のベンチに座り、何か話をしている。

 Yさんとぼくは、阪神タイガースの話やら、宇宙ステーションの話、ユスラウメ、スモモは美味しいとか、話をする。
 時間が経つ。
 そろそろ、もういいかなという頃合いになって、「じゃ、また来ます」
「うん、ああ、いっぱい話、した」とYさん。

 隣りのベンチのご老人たちにも挨拶して、別れる。
「また、おいで」
「はい」
 鹿たちは、草をんだり、うっとり反芻したり、マイペース。
 ぼくらも、マイペースで生きれたら、と思った。

 今年、初めてYさんに年賀状を書いた。
「いつまでも元気でいて下さい」
 いつまでもはムリやなぁ。
 そう笑って言われそうだナ、と思いつつ。