結婚はしていないから、事実婚というのかもしれない。
何婚であれ、特にどうということもない。
ただわたしは、彼女が元気であってくれればありがたい。
わたしは助平な男なので、大変そうである。
たとえばバスに乗車し、「まもなく発車しますので、お立ちの方はお近くの握り棒を持って下さい」等のアナウンス、自動音声が車内に流れる。
するとわたしは、隣りに座る彼女に、「おいらの握り棒も、持っておくれよ…」などと、周囲に聞かれぬよう、彼女の耳元にささやく。
彼女はギロリとわたしをにらむ。わたしは、シュンと下を向く。
今朝、わたしはまぜご飯をつくった。
ジャーが「ピーッ」と鳴り、炊飯終了を知らせる。
わたしが台所に行くと、彼女がご飯をまぜている。
マイタケ、しめじ、しいたけ、ニンジンをまぜたご飯。
彼女がしゃもじでまぜる。
「よくまぜると、いいからね」と言いながら。
わたしは彼女の横で、「おいらも、A子ちゃん(彼女の名)をまぜまぜしたいな。ああして、こうして、こうしたり、ああしたりして…」
ばかな男だと思う。
といっても、レスだから、たいしたことではない。
そして彼女からの逆襲をくらう。
絶妙の力加減で、腹にパンチをしてきたりする。
昨日、「ニーチェは狂っていない」という小文をネットに書いて、ちょっと自信作だったから彼女に読んでもらった手前、「もし『私は神だ』って、通りすがりの人に話し掛けられたらどうする?」と訊いてみた。
(ニーチェは町行く通行人に「私は神だ」と言っていたのだ)
すると、「あたしが神だ、って言うよ」と言う。
わたしは大笑いした。「わたしもじゃなくて、が、か」
強い女だと思う。
わたしにも、きっと神はいるが、わたしの神はそんな強くない。
『私が神だ』と言う人に会ったら、あ、そうなんですか、と、その人を見る。
時間があれば、どうして神なんですか、と訊いたりしそうだ。
基本的に、わたしはただ見ているだけで、私の神は、気が弱い。
もっとも、わたしのようなわけのわからない人間と一緒に暮らすには、彼女くらいの「強さ」が必須であるのかもしれない。
わたしは、ほんとうにわからないのだ、
自分がこれから、どこへ行くのかもわからない。
こんな人間と、一緒に暮らすというだけで、とんでもないことだと思う。
たいへんだろうと思う。
ありがたい、と言ってしまえ。
そして関係というのも、よくわからない。
何を言っているのかよくわからないことも多いし、およそ「理解し合えている」のかといえば、全然理解し合っていないような気もする。
ほんとうのところは、ほんとうにわからない。
ただ、何か根本的なところで… 何かをわかちあっていると思う。
それが確かなことのような、確かでない、とは言えない、最終的なところのようだ。
「何を言っているのかよくわからない」のは、きっと彼女が、わたしに感じているほうが、断然に多いだろうと思う。
そして今日も暮れていく。