人に恵まれているということ

 本気でそう思う。
 今の職場の上司から「かめさん、こんど宴会やろうよ」と言われ、ほんとに今度宴会がなされる。

 本来、私のような立場(期間従業員)の人間に、そんな言葉は掛けられないものなのだった。
 おなじ豊橋市民であるОさん、Sさん、そしてその上司と4名で、プライベートな時間をさいて一緒の時間を過ごす。

 ありがたい、と思う。
 もう、そんな場所と時間が決まっただけで、それだけで、もう充分、もうありがたさいっぱいである。
 あほな私は、涙ぐんでさえしてしまう始末。

 Оさんは、毎日ぼくを家まで送ってくれるし、一緒に話していて別れづらくなって、ぐるぐるドライブしてくれたりして、やはりありがたい思いでいっぱい。

 来月には戻る元職場も、ずいぶん上司にカワイがってもらっていると思うし、つくづく、ありがたいと思う。

 そもそも私は、大検を受けて大学に行こう、と思って通っていた予備校で、素晴らしい講師と出会っていた。
 当時私は、「公道の広さ」みたいなものに憧れていて、大学に行って「マトモ」な人間になろう、などという(そのていどの「広さ」だったんだけど)ことを考えていた。

 だが、その講師、先生ですね、と出会って、私は広さより、深さみたいなものへ引きずり込まれた。
 つまり、マトモとは何か、みたいな、自分への「?」。

 そこから始まった多くの人間関係があった。
 その当時の人たち、その先生と、いまだに親交が続いている。20年。

 紐解き、自分自身を紐解く作業を続けながら広がっていった人との関係って、イイ。
 自分を、ごまかさないで済むような感じがして。

 そう、職場も社会も、人がつくっていくんだよな。