歩調

 ゆっくり、歩くようになった。
 今まで、何を急いで歩いていたのか、と。
 人生みたいなものではなく(それもあったが)、実際に道を歩くときの話。

 一歩、二歩と、足が交互に動く。
 これを、ただ見つめる。
 前方から人が来た場合、気配でわかるし、視界にも入る。

 前を行く集団があれば、べつに追い越そうとするわけでもなく、ただ流れにまかせ、ぼくが障害になるようだったら、お先にどうぞ、というふうな感じで歩いている。
 今まで、なにをいていたのかなと思う。

 とくに、急ぐ必要もなかった。
 あったとしたら、そう思い込んでいたんだろうと思う。
 まわりにばかり、これでも気を遣った気になって、自分の足元よりもまわりに比重がおかれていたような。

「ヒトの足よりワガ足を。」
 大滝詠一も歌っていたような。

 怪我の功名、とは、よく云ったものだ。
 足に注意し、腰への負担なども考えながら歩くようになった。
 まだ、甘い。
 これが、何も考えず、無意識の自然のように動くようになったらシメたものだ。

 意識をなくし、心もなくし、からっぽの器のようにいきたいものだと思う。
 道を歩いていると、ピチュピチュと小鳥の声がよく聞こえる。

 ツバメも、よく飛んでいる。
 軒下にある巣には、ヒナたちが口を開けて、おんなじ顔してチョコンといる。
 小鳥のさえずりは、ほんとうにいい。
 なぜか、楽しくなってくる。

 何を云っているんだろう? などと、理解しようとするのは、やめようと思う。
 その声、それで、やはり十分だから。