思い出すことなど

 漱石か。思ひ出すことなど。

 幼少期の思い出が、よく蘇るのはどうしたわけだろう。

 蘇るどころか、常にあるようだ。

 お祖母ちゃんがいたこと(声はよく思い出せない)、兄がよく遊んでくれたり、冗談を言ってよく笑わせてくれたこと。父がいたこと、母がいたこと…

 裏庭から表のほうへ、風が通ったこと。冬の炬燵が暖かかったこと。子どもの頃の家の思い出、事細かに書いたらきりがないほどだ。父が屋根に上ってセミを取ってくれたり、プラレールを買ってきてくれたり、バスに乗って一緒にダボハゼを釣りに行ったり。ん、ダボハゼ?

 たまにはこんな物でも買ってあげるか、みたいに、「半ドン」で終わった土曜日の会社帰りに、父がデパートかどこかで買ってきてくれたようなプラレール。

 そう、そんな心の動き?、父はこんな気持ちでこうしてくれたんだろうなぁという、そんな気持ちが子ども心に残っている。その心みたいなものが、今も忘れられない、強い思い出にさせている気がする。

 セミを取ってくれた時も、私を喜ばせようという気持ち、また父自身、ちょっと取ってやろう、取れるかなという好奇心みたいなのも働いていたと思う。

 家、実家の思い出は、二十歳位で終わる。あまり家にいたくなく、やたら友達の家とかに行った。家にいることが、どうしたわけか、気まずかった。何があったわけでもないから、「ひとり気まずさ」に陥っていたのだと思う。

 二十四で結婚みたいなことをしたから、私は家を出て── 以来、あまり実家に顔を出さなくなった。「たまには顔を見せて下さい」と、母の気持ちを思いやった父の年賀状が来たりした。

 何があったわけでもなかった。ただ私は両親や兄の前では、とても緊張していた。何を話せばいいのかも分からず、一緒にいることが気まずかった。

 元気でいるか、という気持ち、親のこと兄のことを忘れたことはない。でも、実際に会いに行くこと(実家に帰ること)が、どうにも気まずかった。

 そうして一番根強く、忘れられず、いつも流れてる川みたいにある思い出がその実家のこと── 元気だった母や父がいて、兄がいて、二階建てのあの家があって… という思い出なのだから、困ったものだ。困る必要もないのだけど、なんでこんな、忘れられないのか。

 忘れる必要もないんだろうけれど。

 いつまでも忘れられないということ。これは何なんだろう、って思ってしまう。