日暮里に「谷中ぎんざ」という小さな商店街がある。
駅から向かう途中に石段。その石段には5、6匹の猫が日向ぼっこなんかをしていて、彼らを見ていると、否応なく心も和む。
黒猫を除いて、みな丸々と太った、堂々たる体格。いろんな人間からご飯をもらっているようだ。
この猫たちを写真に収めようとする人たちも、いつもいる様子である、猫たちがいつもそこにいるように。
浅草、どこの通りだか忘れたが、人や自転車の多い往来で、1匹のプードルがいた。
ほとんど道の真ん中に位置する所に、4本の足を立たせて、じっと動かずにいる。
自転車がその犬を轢かないように通る。歩行者も、蹴っ飛ばさないように、その犬を避けて通る。
「こんにちは、ねぇねぇ、そこにいたら、危ないよ。もうちょっと、こっち、おいで。」
私はプードル犬に話しかける。するとプードル犬は、私のほうに来ようとした。
尻尾は振っていたが、足の運び方がおぼつかない。一歩一歩、しっかり、踏みしめながら歩いてくる。
「あれ、おまえ、足が…」
このプードル犬の飼い主らしい、喫茶店か何かのマスターが、扉を開けてこっちを見ていた。
「もう、年寄りなんですよ。」
「あ、そうなんですか。」
見れば、お尻のほうの毛はだいぶ抜け落ちていて、ピンク色の地肌が見える。
丸い黒い目も、そのまわりはなんだか濡れそぼっていた。耳には、可愛らしい、花のようなお飾りが付いてあった。
そうか、おまえ、えらいなぁ。えらいえらい、えらいえらい。
一歩一歩、かみしめるように歩いてくる老いたプードルに、一歩一歩踏み出すごとに、声をかけた。
他に、何が言える?
私を通りすぎて、一歩一歩、プードルは飼い主であるはずのマスターへ向かった。品のある、やさしそうなプードルだった。
私の横にいた家人も、なにやら涙ぐんでいた。
「一生懸命、生きてるんだねぇ。」
日暮里と浅草を歩いていて、いちばん心に入ってきたことだった。
高いビルよりも、安売りの店よりも、あの猫たちと、あの老犬が。