「『旅』を、それからあの『なしくずしの死』を読んだ者は、その世界を生きた者は、もうセリーヌ世界の規則を逃げられない。
他にどんな書きようがあろう? どうしてあの燃える視線を逃げられよう? 世界の酷烈なむごたらしさを?
セリーヌは、生きて行くためには忘れなければならない人間なのだ。」
「── できることなら、この|汚点《しみ》だらけのページを打っちゃってしまいたい。
私たちが愛し、高く評価し、生涯誇りをもって擁護してきた人々に対するこの果てしない罵詈雑言を読み続けることを止めたいと思う。
だができない。どうしてもページをめくらなければならない……」(ル・モンド紙)
または、
「セリーヌは一部の連中によって最初から憎まれ、軽蔑され、拒否されてきた。彼が突如として文壇に姿を現わした時、ただちに、あちこちの教会で、また公衆のさまざまな層において、恐怖の動きが見られた。
セリーヌは真理と同じ運命をになったのだ。エリートたちはどちらも直視することを望まなかった。現実の力と同様、セリーヌの力にも、目をつむったのだ」(ドリュ・ラ・ロシェル)
「── セリーヌを嫌う者は誰か? おお!私は連中のことなら百も承知だ、一人残らず。それはこの人生の一切を容認し、何事にも逆らわず、あらゆる卑劣と妥協し、あらゆる不正に目を塞ぐ、あの数え切れない愚者の群れだ!……
地獄とは希望の剥奪のことであるというのが本当なら、これこそ悪魔の書である。これは人生の提起するあらゆる問いに対して浴びせられた大いなる《否》だ。……
セリーヌ、あなたは人類の絶望に声を与えたのだ。もはや黙することのない声を。」(ピエール・シーズ)
等々。
「その破格な文体と内容によって、世界の読書界に一大旋風を起こしたセリーヌ…《反ソ》文書を書き、不正の象徴としての《ユダヤ人》に鋭い筆鋒を向け、戦後は《戦犯作家》として投獄され、その死に際しては司祭から葬儀の執行を拒否されたセリーヌ。
全世界、全歴史、全人類の欺瞞を呪詛し、その糾弾に生涯を賭け、絶望的な闘いに倒れた《敗残の巨人》セリーヌ。
《真の文学は、常に必敗の文学である》とするならば、セリーヌが再び咆哮するのは自明である」(図書刊行会、「セリーヌの作品」箱カバー)
等々、等々…。
まだまだ、セリーヌにやられている。
まったく、困ったもんだ… 半分本気で。
毒?… だとしても。