競艇場にて

 昨日は、有給休暇をとったNさんと、「蒲郡競艇場」なる所へ行ったのである。
「競艇、やったことある?」「いや、ないっスね」
「7月3日、行かない?」「いいっスよ」

 そんな電話を、以前、していて、昨日が7月3日だったのである。
「ナントカカントカ杯」開催日とかだった。

 蒲郡駅で下りると、競艇場行きの無料バスが出ていて、乗る。
 車内は、客も少なく、なんとなく虚ろな目をした初老の男や、どことなく影のある感じの中年の男、どこにでもいそうな老人や、若い男、帽子を被った、よくわからない男などである。

 みんな、ひとりひとりであった。
「しょうがないから、これに乗ってるんですよ」というような背中が、ぽつぽつとあった。

 Nさんは慣れたもので、10分ほどで競艇場に着くと、ちょっと場内を案内してくれたりして、「いつもの所に行こうかな」と、3階の、一番前の席に、席をとった。
 競艇新聞(?)の見方、どういうふうに「舟券」を買えばいいのかとかを、教えてくれる。

 午後2時半くらいに1レースが始まって、ぜんぶで12レースあった。
 途中で、Nさんが「マンシュウ」近いのを的中した。
 「マンシュウ?」競馬でいうところの、「万馬券」だそうである。きっと「万舟」券、とでも漢字で書くのだと思う。

 ぼくが買っていた券は外れていたし、よく分からず、それほど嬉しくなかったのだが、ふたりで握手した。
 Nさんは、100円で買うはずだった券を1000円で買ってしまい(マークシート用紙で、買うので、鉛筆でなぞる箇所を間違えたらしい)、それがたまたまマンシュウになったらしい。

「いくら勝ったんスか?」
「9万」喜色満面。
「9万?よかったスねぇ、もう、帰りましょう」
「いや、まだまだ、これからこれから」

 ぼくはもう帰りたかった。自分なりに予想して、ちまちま100円で買って、たまに当たったりしたけれど、面白いとは思えなかった。
 だが、幸せの絶頂のように嬉しそうな顔を見るうちに、こっちも何か笑えてきて、あきらめた。

 後ろを見れば、まばらだった客も、いつのまにかいっぱいいる。平日の木曜日の午後である。
「ずいぶん客、いますねぇ」
「平日なのにね」
 ぼくらの隣りの隣りに座っていたひとりの主婦らしき婦人は、ああ、とか、首をかしげたりして笑って、競艇新聞とレースを熱心に見ていた。

 同じ列の座席に座る女の子ふたり組は、「ああ、もう!」とか、たまに少し絶叫していた。
 だが、基本的には、灰色っぽい感じの、おじさんが圧倒的に多い。

 ぼくらは1階まで下りて、「世界の山ちゃん」という店で毛羽先と串カツをテイクアウトで買って、違う店で生ビールを買って、デパートの屋上みたいな場所で乾杯した。
 Nさんがおごってくれた。

 まわりを見れば、家族連れや、カップル、ひとりひとりでいる若い女や男、スーパードライの缶を大量に買い込んで、そのテーブルだけビヤガーデン状態になっている女の子の集団がいたりした。

 ぼくらの座るテーブルからちょっと離れたテーブルで、ひとりの中年の男が、レース中のテレビ画面を見て叫んでいた。
「バカヤロウ、しっかり乗れよ!」「バカヤロウ、そこじゃねえよ!」
「ジャマすんな!「ああ、何やってんだよ、行け、行け、ばかやろう!」

 かなり大きな声だった。
 ずいぶんアツくなってる人がいるね、とNさんが笑った。

 そのうち、その叫ぶ男のテーブルに、ふたりの中年婦人が腰掛けて、まるでいつものように、何だか食べたりしていた。
 まわりにいる人たちも、特に、叫ぶ男を、それは声が大きすぎるために、少しは迷惑なのだが、「容認」しているようだった。
 そうか、ここは、思いっ切り、そうやって叫んで、イイ場所なんだナ。

 ぼくらはまた3階まで上って、また着席し、結局ぜんぶのレースが終わる、8時半くらいまで、いた。
 ぼくは途中でほんとうに帰りたかったのだが、その気持ちはもちろんNさんにも伝わり、ちょっとわるいことをしたと思う。

 収支結果は、結局、何百円かぼくは勝ち、Nさんは6万くらい勝ったようである。
 だが、やはり、もう絶対に行きたくない。

 予想して、それはもちろん考えることなのだが、結局は「わからない」ことに金を賭け、「考える」のだ。
 ぼくはよくわからないことについては、よくこれでも毎日、考えているつもりなので、これ以上、まして金を賭けてまで、考えたくないのである。