ほんとうのキリスト者は「無私」であること。
 救いを求めるでなく、ほんとうのキリスト者はキリストとともに生きるべきあるということ。
 牧師はそれを説け! これ以上無責任になるな! キルケゴールはそう叫んでいるように聞こえる。
 それは苦難の道である、しかしキリストはこの世でまさにそう生きたのだ。と。

 ブッダのいう「無我」とこれは見紛うものだ。「我」と「私」の差異についても論じることはできる、しかし今はこの情熱、キルケゴールから感受する情熱をしまっておこう!
 そう、どうでもいいことを書こう、もうこういうことは書きたくないと思っていた、自分の生活!
 この頭やら心、精神を抱える身体、身体あっての思索、思考である!… こないだ、「マッコリ」というお酒を初めて買って飲んでみた。これは眠れない夜にいいな、ということ。

 しばらく瞑想もサボり、キルケゴールのことが身体から離れなかったので… 読まなくちゃ、理解しなくちゃ、という強迫観念の為せるわざだったかも… 瞑想はともかく、よく眠れないというのはいささか不安な問題だった。
 ビールはトイレが近くなる気がするし、ワインもそんな飲みたくない。ウイスキー、日本酒は苦手だし、と消去法で未開の「マッコリ」に手をつけることになった。

 サンドラッグで売っていた。1ℓのペットボトルで600円ぐらい。 口当たりも良く、飲み過ぎに注意、との喚起の声も聞こえたが、もうそんなにお酒は欲しない。小さなコップに注ぎ、二、三、四口、「たしなめる」ように飲む。と、よく眠れる… ような気がする。
 睡眠の質など、こまかいことは問わない。夜中に目覚め、まいったな、また眠れないのか、とげんなりした時に飲む。または、寝る前に。
 確かに不味くなく、乳酸菌が生きて(るのか死んでるのか)身体にそんな悪い気はしない。妙な作用で、あそこがもっこりすることもない。
 ちょっと、これは今のところ悪くないので、記してみた。