植物の「強さ」

 病気に強く、虫もつかず、強健です、といわれる植物がある。
 月桂樹もそのひとりで、八年前に目かくし用として側溝沿いに二、三本植えた。
 スクスク育ってるなぁ、とは感じていたが、葉が黒くなるスス病によく罹り、葉の裏には平べったい、麦を小さくして貼り付けたようなもの(たぶん虫のたまごで、これが葉を黒くさせるらしい)に、ほとんどの葉がやられていた。

 全然強くないじゃん、と思った。が、それでもどんどん新芽を出し、そんな病気知らないよ、とばかりに成長を続けていたのだった。
「強健」というのは、病気にならない健康優良児です、という意味だけでなく、「病気になっても元気です」という意味もあるのだと思った。

 八年の間、とにかく目かくしとして植えたので、葉の黒さ以外はほとんど気に留めず、しかし今年、なんだか大きくなったなあ、とは感じていた。
 二階の屋根ほどに、背が伸びている。横もふくらんできたし、家人から「そろそろ切らないと…」の声もあった。
 暑い日が続いていて、へばり気味だったが、へばってる場合じゃないような気がしてきて、昨日ついにノコギリをあてた。

 一昨日切ったティーツリーはしなやかな木で、柔らかく、枝などは手でも簡単に取れ、処理も容易だった。だがこの月桂樹は妙にしっかりしていて、無口でおとなしいけれど実はガンコ者なんです、といったような木だった。強そうな枝があちこちに伸びて、切るのは簡単だったが枝葉の多さに辟易した。

 そして切ってみると、今まで見えなかったものも見えてきた。この月桂樹の向こう側、つまりこの側溝に面した「お隣りさん」は竹藪だったが数年前に伐採され、2、30m先に溶けているような廃屋が見える。その長広な土地はブルーシートに覆われているが風でめくられている所も多く、ほぼ雑草地帯。
 だがその土地に、うちの月桂樹の強い枝葉がぐんぐん横に伸びていたのだった。いくら誰の迷惑にもならぬとはいえ、あまりといえばあまりの不法侵入。だがもう、こちらには切るエネルギー、底つきた。とにかく暑かったし、4、5本の高い幹を切るだけで手一杯、庭も、切った月桂樹だらけになってしまった。

 だが、その元気な月桂樹の横には、この家の前住人が植えたと見られる、ヒバの木が堂々と巨大化して立っているのだ。いずれこれも切らねばなるまい。
 そしてエゴノキ。これも元気すぎるほど元気で、やはり二階の屋根ほどに伸びている。これは落葉した冬に切るつもりだが、縦横無尽に枝を伸ばして庭の上空を占領している…。

 ヘルマン・ヘッセが「庭仕事の愉しみ」(草思社)で、「自分の土地内のことは、その所有者が責任をもって管理するべきである」みたいなことを書いていた。だが僕は、この庭木たちによって自分が管理されているような気がする。
 ヘッセはものを書く以外の時間のほとんどを庭仕事に費やしていたらしい。「シッダールタ」、ブッダのことを書いた作品や、「車輪の下」は名作だった。
 庭仕事してヘバッているこの五十路の男は、一体何をしているのやら。べつに名作なんて書きたくないし書けないけれど、自分が納得できるものを書きたいと思う。永遠にムリか、これ。

(2022.7.3.)