でも自殺には興味があったな。うん、定時制高校の図書館、やたら広くて本も沢山あってね、シルヴィア・プラスを知ったのも、そこでだった。
「自殺志願」ってタイトルで。角川書店の単行本だった。
31歳で、自殺した人の書いた… 私小説だね。内容は、面白くなかった。でも、この人のことが頭から離れなかったね。
中学の頃は、高野悦子の「二十歳の原点」にやられたよ。兄の、本棚にあったんだ。20歳で自殺した女子大生の日記。本を読んで、初めて泣いたよ。
太宰は好きじゃなかったな。なんか、いやらしそうでさ。生まれてすみませんなんて。的を得すぎて、いやだったのかもしれない。その後、好きになったけどね。
私が実際に自殺未遂を試みたのは、大学を辞めて一年後、千駄ヶ谷の予備校で働いていた時だった。
そこも大検コースが新設されて、私はスタッフになったんだ。代々木の予備校で知り合った数学のK先生が紹介してくれてね。
いや、そこで終生、死ぬまで自分は働くんだと思ったよ。素晴らしい講師が沢山いたと思うし、何しろK先生にはずいぶんお世話になったんだ。この予備校に骨を埋める、そんな覚悟で働き出したさ。
ところがね── 何でだろう、身体がこわばっちゃったんだ。思うように動かない、とでもいうのかな。ギシギシいって… 何ていうのか、うん、思うように動けないんだ。
21、2歳の頃だった。若かった、なんて、そんなせいだけでもないよ。ずっと、あの頃の私のまま、今もいると思うから。
乱暴に言ってしまえば、会社というものに合わない、合わなかったんだと思う。生徒を「管理」したり、上司の「評価」を気にしたり、… そんな自意識を持つ自分が悪いのだけど、会社にはそういうものがつきまとうし、その中で空気を吸うのが苦しかった… とでも言えるのかな。
その後、貯水槽の清掃という現場仕事、トヨタの工場なんかに勤めて、それは長続きしたんだ。だから働く環境、仕事の内容によるのかもしれない。
まあ、その千駄ヶ谷の予備校で、私は自分に絶望した。いい人達(講師、スタッフ、みんなそう思えた)に囲まれて、その一員として働いて── ほんとうに自分はここに一生勤めるんだ、って思ったよ。
それが、一ヵ月も持たないんだよ。登校拒否ならぬ出社拒否だ。行きたくないんだ。理由は、やっぱり具体的に何もない。
行こうとすると、心臓がドキドキして、息が詰まる。
ここに勤められないようじゃ、もうダメだ── そうとしか思えなかったよ。