キルケゴールの云う、「人間は二度死ぬ。まず精神が死に、次に肉体が死ぬ」。
この言葉、そうかぁと思う程度で、さして入ってくる言葉でなかった。
入ってこない言葉でもなく、要するによくわからない言葉だった。
いや分かるつもりだが、具体的によく分からない言葉だった。
考えてみれば、哲学的な言葉に「具体的」があるかと思う。
あるのだ。それが「わかる」ということだ。何を言ってるのか分からないような言葉でも、妙に「入ってくる」ことが。
不完全な言葉で、ノートの上に散りばめられている言葉を、自分の中で完全とまでいかないまでも、「見える」かたちに形成されること。
「私」の中でノートの中の言葉と私の中の何かがシンクロして、わからない言葉がわかるようになるようなこと…
このキルケゴールの言葉は、私の中にそれほど痕跡を残さず、表面上にとどまっている。
「まず精神が死に、次に肉体が死ぬ」… 死ぬ間際の話かと思ったが、そうでもないようだ。もっと長い目で見て、生きている間の「死」のことを云うのだろう。
しかし… 精神の死なら、一度二度三度、もっと多くの死がありそうだが。
肉体の死は一度しかないが、精神の死は…。