あるイメージ(2)

 あとは、知らない。
 そののあと、── 気がついたら、「私」という「個」がいた。まわりには、「他」という個々もいた。
 から、星が数多あまた生まれ、宇宙と呼ばれるもの… それを知る・・者らが生まれた。

 その間のことは、知る術もない。
 もし、その… 無じたいが、何ものかが創ったとして… からを生み出したものがあるとして、かれはこう言うだろう。
「あなたがたに理解できない、分からないことは、あなたがたには知る由もありません」

「あなたがたが分からないことを、わたしが説明したところで、あなたがたは分かりません」
「あなたがたは、あなたがたにわかる・・・ことだけしか、わかりません」

「あなたがたは、今、あなたがたの仕方で進化しているんです。
 わたしは、ああ、こうしてこの星の生命は育っているのか、と、見つめるだけです」

 そして、かれはこちらの理解できることしか言わないのだ。

 つまり、言い古されたこと── この宇宙(と呼ばれるもの)には本当に沢山の星があり、高度な知的生命体があり、タイムマシンがあり、この世とあの世の行き来も自由な生物があり、文明の発達のために滅んだ星があり── 善心だけでなく、悪心にみちたヒトガタの生命体もある、とかいうことしか。

 すると、善/悪というのは、誰に教えられたものでなく、その星々に住まう個一体一体の内に、すでに備わった、いわば自転する恒星のようなものですか? と、まずしい想像力をもつ「私」がかれ・・に問う。

「そうですね」とかれが応える、
「一体一体が、宇宙の凝縮、法則化さている自転によって回っている、と言っていいでしょう。
 モトは、ひとつのところ、から始まったものですが、それが分裂、細分した、と」

「ココロというのは、そのなごり・・・です。
 無であるから、あらゆるものを受け容れる。
 まわりからの影響を受けるのは、そのためです」

「ところが、個体であること、自己、と呼ばれるものに執着した者は、それを拒みます。
 受け容れられないから、戦いが起こります。
 自己なんて、もともと無かったのに」

 そうですか、と「私」があいづちをうつ。それがこの星の慣習だから。

「とらわれないことですよ」かれが言う、
「頭の中をみてみなさい。過去と未来のことしか埋まっていないでしょう?
 今を生きているとか言ったって、頭の中はいつも今になんか無いんですよ」

「だから、生きてる心地がしないのも当然です。
 そも、生も死も、あなたがたの頭がつくった想念、観念にすぎません」

「なかったんですよ。なかったんですよ。
 これからもないし、いままでもないです。
 そう考えて── 考えるまでもないことですが── 気楽にいきなさいな。
 気に、もともと、楽も苦もないんですけどね」