地上より25mほど高いビル、その最上階に温泉があった。真っ裸で窓際に立てば、眼下に下界が見える。車はミニカーより小さい。人の姿など、ただの点に見える。
たった10階の上から見た、町の景色でさえ、こんなふうに見えるのだから、これが20階、30階となったら、どんなふうに見えるものだろう。
(私は今、この立場にあるのだ)と男は考える。正面に眼を移せば、白い雲の下に、高層ビルやマンションがちらほらと建っている。
もう一度、下を見れば、やはりオモチャのような家々、プラレールみたいな高速道路、棒でさしたような街路樹の緑が点々と見えた。
こいつらは、私の下にある。私は、こいつらの上にある。私は、選ばれた者だ。あの選挙で、公然とこの位置に立ったのだ。こいつらは、私を、「どうぞやってください」と、判断をふるう剣、決断し、断定し、先行きをつくる運命とした。
私は、この運命を大いに活用したい。私は、ものを断じる剣だ。曖昧なまま、何も判断できない、そこらのくされナイフとは違うよ。切っ先の丸まった、愚鈍な刃が、何の役に立つね?
判断は、断じることなのだ。お前らが、何も判断できないから、私が断じてやるんだよ。しかも私の断じる対象は、お前らの比ではない。お前らのいる、この世界なのだ。
いい景色だよ。天に近い。私はこの世界を牛耳ってやる。ものにしてやるのだ。こんな世界じゃ、小さいよ。
男は、上を見上げた。
まったく、こんな所じゃ、小さいよ。