(11)夜な夜なに

 翌日、福を迎えに行く。
 ケージの中にいた福は、変わり果てた姿になっていた。
 艶のあった綺麗な毛並みがゴワゴワになり、背中あたりに黄ばみが見えた。

 声はしわがれ、ニャア、のニャが発せられず、ア、アとしか発声できない。きっと一晩中、泣き続けたのだろう。

 目は、何かに取り憑かれたように一心不乱に一点を見つめているようだったが、じつは虚ろで、私のことなど眼に入らぬとばかり、ケージの中を一心に徘徊している。

 そして、私に何としても痛かったのは、福の2つのタマタマに針金が貫通し、結ばれていることだった。

「まだ麻酔が効いています」「帰ったら水を多めに与えて下さい」
 施術したのは院長ではなく、美しい女性医師だったが、彼女の言葉が空しく私の耳を通り過ぎた。

 泣きたい気持ちで家に帰り、キャリーを開けると、福は一目散に押し入れに飛んで行った。
 あんな酷い目に遭わせた私は、もう信用されないのではないか?
 今まで築いてきた信頼関係が、崩壊してしまったのではないか?

 私は、不安と後悔の大波にのまれた。
「福、ごめんね、ごめんね。抜糸の日、もう一度だけ行こう。それで最後、それが最後だ。もう二度とあんな所には行かない、絶対行かせない」

 宣誓する私に目もくれず、福はせっせと毛づくろいを続けていた。
 そして押し入れから出てくると、水を飲み、化膿止めの薬をふりかけたご飯を食べ、お座りして顔を洗い、何もなかったように私を見つめた。

 だが、股間の針金だけは気になるようで、舐めたり口で引っ張ったりを繰り返した。
 1週間後、無事に抜糸を終え、予防接種はあと2回受けねばならなかったが、キャンセルする。

 ── 去勢後、福は暴力的な鳴き方をしなくなり、切羽詰まった夜中の徘徊もしなくなった。
 タコ糸遊びも復活し、可愛い声に戻った。
 だが、やはり夜中に、私と家人が熟睡しているのが気に食わぬらしく、ニャアニャアと起こしに来ることは変わらなかった。

 福が、新たに奇妙な行動をとりはじめたのは、去勢の影響だったのか、たまたまそういうタイミングだったのか分からない。

「夜中に殺気を感じて目が覚めたの。そしたら福の手がス~ッて、すぐ目の前にまで伸びて来てたのよ! 枕元に福、座ってて… わたしがハッ!としたら、手がピタッ!と止まって、ス~ッて戻って行くの。それから福、『チッ、ばれたか』みたいな顔して、トトトッてどっか行っちゃった」

 家人が言う。
 夜な夜な、福は彼女の枕元に座って、その爪を彼女のおでこに突き立ててくる、というのだった。

 最初のうちは、枕にはだけた家人の長い髪をチョイチョイするだけだったが、次第に「おでこ」の一点に、福の興味関心の標的として LOCK ON されたらしいのだ。

「ほら、ここ。」
 彼女はおでこに指をあて、その痕跡を指し示した。
 おでこのちょうど真ん中に、プツン、と針で刺したような黒点が、確かに見てとれた。