こないだ記事にしたスプリングスティーン、やっぱり繰り返し聞いている。「裏通り」、「ハングリー・ハート」… いい曲だよ。

そう、自分のためにやるのがいい。何でも、そうだ。

岡林信康にしてもスプリングスティーンにしても、芯があると感じる。この芯は、見よう見まねでできるものではない。もともと、彼らにあったものだ。彼らは、彼らにあったものを、音にしている。内から外へ。

内在するものは、外に表されなければ、「在る」とならない。

ただ困るのは、音楽は見えない音によってこちらが感化されるもので… そこにはナンダカンダといった理屈はないということ。「これ、いいんだよ!」と言っても、「どうして?」と訊かれれば、答えられる術がない。音楽は、空気の震動だから。

でも、この空気の震動が人間関係に往々にして大きな影響を与えるんだよな。

理屈ではない。でも、それじゃナンダから、なんだかんだと言葉を要する人間関係。

もうちょっと up してみよっと。

そう、このジャケットのこの顔にヤラレタんだよ…