ケイは目の大きな、柔らかい栗色の、長い髪をした女の子だった。
まだ幼稚園に入るか入らないかの、記憶のかぎり私の感じた、最初の異性だった。
今もその香りを覚えている。それは香りというより、自然な体臭のようでもあった。
何か神聖なような、しかし慕わしい、汚れのない、毛穴の中にひっそり生きている天使の垢のような匂いだった。
ママゴトをして遊んでいても、ケイの身体から匂い立つ、甘いような、しょっぱいような不思議な匂いに、私はいつも戸惑い、心臓をドキドキさせ、結局どうにもならず、惹き寄せられていた。
その甘い匂いは、その匂いの中にまどろんでいる時は甘く、現実に引き戻される時は辛かった。
ゴッコの世界にふたり遊んでいたというよりも、その匂いに導かれ、夢のように追いかけるうちに置いてけぼりをくらい、ケイの匂いの中にひとり戯れていた── そんな感覚が残っている。
そんな時、正体不明の衝動が胸の中に沸き立って、そいつが手足をバタつかせ、身体の殻を打ち破って、外へ出たがっている感じに打たれたこともある。
すると目の前にいるケイの、少し大きめの口、クリーム色の歯、少し大きめの鼻の穴などが、まったく魅惑的に、眩しく、最後には挑戦的に映ってくるのだった。
私は、この異性を前にして、どうしたらいいのか分からなかった。
そして自分にできることは、無口になることだけだった。
すると、ケイはつまらなそうにした。
ケイがつまらなそうにすると、私はどうしたらいいのか、ますます分からなくなった。
ふたりでいても、ひとりあそびに没頭していたようなものだったから、ケイが帰ってしまっても一向に構わない── そんなふうにも思えた。
でも、淋しいようにも感じた。
何より、彼女の匂いなくして、私は恍惚の心地になることができなかった。
それは全く私だけの夢のような世界だった。
だが、ケイがいなければ成立しない世界だった。
結局私は、いつもぼんやりしながら、ケイの匂いの中にいた。
いつまでも、いつまでも傍にいて、その匂いの中で息を吸っていたかった。
だが、スイミング・スクールの時間になると、ケイはいつも帰ってしまった。
すると私は、彼女がいなくなった淋しさと同時に、やっと、やっとひとりぽっちから解放された気がした。