人間世篇(十七)

 支離疏しりそという男があった。ひどいせむしで、あごが垂れ下がってへそを隠し、両肩は頭のてっぺんよりも高く、頭髪のもとどりが天をさし、五臓は頭の上にあり、両もも脇腹わきばらをはさむ、といったありさまである。

 だが、彼は縫いものや洗たくをすることで、自分の暮らしを立てることができるし、をゆすって米とぬかとを選り分ける仕事をすれば、十人を養うこともできる。

 そのうえ、おかみが兵士を徴集するような時でも、彼は不具者で徴兵免除になるから、大手をふって人なかを歩き回ることができる。

 また、お上が大仕事のための人夫を徴発する時にも、彼は不具者であるために、仕事の割り当てを受けることがない。

 逆に、お上が病人に食料の施しをする時には、三しょうの食糧と、十束のたきぎをいただくことになる。

 その身体が不具である者さえ、このように身を養うことができ、天寿をまっとうすることができるのである。

 まして心のはたらきが不具な人間は、なおさらのこと、幸福な人生を送ることができるであろう。

 ── 身は不自由かもしれないが、何とも支離疏、充実した人生を送ってそうである。

 見た目が、常人の姿と違うだけであって、しかしその常人よりも幸福そうな生活に見える。

 支離疏本人が、それで幸福であるのかどうかについては、ふれていない。想像するに、幸福とも不幸とも思っていないのではないか。

 黙々と、淡々と、市井の中を歩き、お上の達しや行政の施しを「ただそうなっているから」というふうに受け、特に何ということもない。

 こうして生かされていることに感謝するでもなく、こんな姿であることを憎むでもない。

 淡々と縫物をし洗濯をし、この身も世の中も「ただこうなっている」ということを受け入れ、是認して、ただそれだけのこととして彼は生きているように見える。