徳充符篇(五)

 の国に、足切りの刑にあった叔山無趾しゅくざんむしというものがあり、かかとを引きずりながら、孔子に面会を求めに来た。

 孔子はこれを見て告げた。

「お前は行ないを慎まなかったために、このような刑罰の憂き目にあってしまったのだから、いまさら、わしのところに来ても遅いよ」

 すると、無趾は言った。

「私は人間としての務めを知らなかったばかりに、軽はずみな行動をし、そのため足を失う結果になりました。しかし、今私が参りましたのは、足よりも大切なものが残っているからです。

 私はこの足よりも大切なものを、失わないように守っていきたいのです。およそ天はあらゆるものを差別なくおおい、地はあらゆるものを差別なくのせるものです。

 私は先生を天とも思い、地とも思っておりました。ところが、その先生さえ、このようなお考えであるとは、夢にも存じませんでした」

 これを聞いて、孔子も驚いた。

「いや、これはわしが愚かであった。どうぞ内に入ってください。わしの知っていることは、何でも話してさしあげよう」

 だが、無趾はそのまま去って行った。そのあと、孔子は弟子たちに向かって、言った。

「お前たちも努力しなければならないぞ。あの無趾は足切りの刑にあった男だが、それでもあのように学問に励み、昔の非行をつぐなおうとしているのだ。まして五体満足にそろっているお前たちは、なおさらのことだよ」

 無趾は老子のもとを訪れて、この話をした。

「あの孔丘こうきゅうという男は、至人しじんの境地にはまだまだ遠い人間だと思います。その彼が、なぜしおらしく、あなたについて学ぼうとしているのでしょうか。

 きっと彼は、世間をあざむく、奇妙で得体の知れない名声を得ようとしているのです。このような名声こそ、至人はこれを手かせ足かせとしていることに気づいていないのでしょう」

 老子は言った。

「それなら、生死を一事とし、可と不可とを同一と見るような人間に、孔子の手かせ足かせを解かせてみたら、どうだろうかね」

 無趾は答えた。「なにぶんにも天の刑罰を受けてしまっていますからね。これを解いてやるのは不可能でしょう」

 ── 孔子、冷たい、笑。

 でも「いまさら遅いよ」とあしらった後、無趾の鋭い指摘に「どうぞお入りください」と態度を改めるところは偉い。どこか滑稽な感じもして面白い。

 しかし最後のセリフ、味があるなぁ。天罰を受けているのは孔子なのか無趾なのか。

 実在した孔子も、いろいろ大変だったらしい。足跡を消さりたり(忌み嫌われて)、なかなか思うようにならず(そりゃ誰だって…)、世をはかなむ歌を詠んだりしていたらしい。

 まぁ、生きているだけで罰を受けているのかもしれないなぁ、なんて。