結婚していた時、ある女の人を好きになって、息が詰まったことがある。
ほんとうに胸が苦しくなって、胸部、心臓だか肺だかが強い力でワシづかみされたようで、呼吸困難のようになって、胸をおさえてハァハァしていた。
妻が、「大丈夫?」と心配そうに寄り添った。心配されたら、よけい苦しくなった。
その、ある女の人にも家庭があり、私にも家庭があった。
一度だけ、深夜に会った。ラブホテルはすぐそこにあった。しかし、ファミリーレストランみたいな所で飲み物を飲み、そのまま、朝まで一緒にいた。肉体関係は持たなかった。おたがい、好きだったはずなのだけど、何か、一線を超えられなかった。
それきりの関係だった。
一線を越えられる関係、越えられない関係、が、ある。相手と自分の間に流れる、何かだ。それぞれの中にある芯が、それに呼応して、弾んだら、私たちはラブホテルに行っただろう。
しかし、何か、山のように動かない、動けない、自我が、それぞれにあったのだ。
これは、不貞行為でも不倫でもなかろう。しかし、浮気ではあったろう。