子どもの頃、モルモットを飼っていた。
カゴの出入り口は、いつも開けていて、その手前にフードと水を置いていた。モルは外に出て行こうとせず、いつも顔を出して、フードを食べ、水を飲んだ。
ニンジンとレタスが大好きで、冷蔵庫が開閉する音を聞くと、ピーピー鳴いた。
モルは6歳になった頃、急に物を食べなくなった。
獣医に連れていくと、前歯が伸び過ぎているのが原因だった。ぼくは、子ども心に初めて「責任」というものを感じた。
その夜、ぼくはずっとモルのそばにいた。
カゴの奥の隅で、モルはこちらにお尻を向け、丸い背中を見せていた。
と、突然、モルはこちらを振り向くと、弱々しい足取りで、ぼくの方に歩いて来た。そしてぼくの顔をじっと見つめた。
「モル…」ぼくは、泣きながらモルを見た。モルは、またゆっくり奥の方へ戻って行く。その時、「あ、モル、死んじゃう」なぜだか、そう感じた。
カゴの奥の隅に行き、モルは再びじっとして、もう二度と動かなかった。
あの時、モルは最後のお別れに、ぼくを見つめてくれたんだと、今でも思っている。
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庭に、ナツメの苗木を植えたのは五年前。
だが、半年後、二階にエアコンを付けることになり、その室外機の設置場所が、ナツメのところ以外になかった。
やむなく、別の場所へ植え替える。
「ごめんね、人間の都合で…。せっかくここで育とうとしていたのにね…」
「ごめんね、ごめんね」
ぼくは小声で話し掛けながら、心を込めて植え替えた。
作業が終わって、タバコを吸いながら、ナツメを見ていると、
「ありがとう」
声が聞こえた。
男でも女でもない、小さな音のような声だった。
きょろきょろ、辺りを見まわしたが、誰もいなかった。
ナツメの声だった、と今でも思っている。