福が気に入ってくれた、もうひとつの遊びに、「きらきらボール」がある。
これはネットで買った、五百円玉ほどの大きさの、文字通りキラキラしたエナメル製の軽い玉である。
この玉を持ち、「行くじょ行くじょ~」と言いながら投げるふりをすると、福の目は私の手に釘づけになる。
じりじりと、やはり伏せの恰好から、お尻をふりふりさせる。
そして、「ほれっ!」と掛け声とともに、居間からダイニングの方へ投げると、福はロケットのように飛んで行く。
玉が、テーブルや椅子の脚に転がって止まると、福はその脚の向こう側に回り込む。
そしてその脚越しから、前足を懸命に伸ばして、玉をチョイチョイし出す。
福としては、脚に身を隠し、獲物から見えぬところから攻撃をしているつもりらしい。
だが、玉が爪に引っ掛かり、離れなくなると、思わぬ反撃を食らったとでも思うのか、福はあわてだす。
腕を振り、振り払おうとするが、玉は爪から離れない。すると、二本足で立って、懸命に腕を振るった。
玉がやっと爪から離れ、あらぬ方向へ飛んで行く。
それを見て、福は急いで追いかける。そして玉を、右手、左手で巧みにチョイチョイして転がしながら、部屋の中をを小走りする。
それは、玉が福の足に吸いつくような、みごとなドリブルだった。
だが、玉は、やがて福の手の届かない、冷蔵庫の裏やラックの下の奥の方に入ってしまう。
そのたびに人間が探し、這いつくばって、ホコリとともに取らなければならなかった。
この遊びは、「行くじょ行くじょ~」から「ほれっ!」までのためが肝心で、やみくもに、ただ投げればいいというものではなかった。
行くじょ行くじょを何回か繰り返し、投げる素振りをする間に、福がその気になって伏せの体勢になり、さらに人間が投げるぞ投げるぞと見せかけ続けると、福と私のあいだに、「今だ!」と一致する瞬間があった。
この一瞬を逃すと、福はしらけた顔になって、玉を投げても全然追おうとしなかった。
もうひとつ、「カーテン」も、福のお気に入りの遊び道具だった。
閉めたカーテンの向こう側に、福が隠れる。
カーテンの下から、長い尻尾がハミ出し、左右に振られているのが見える。
だが私は、「あれ? 福、いないなぁ。どこかなぁ、可愛い福はどこに行ったのかなぁ」と言いながらカーテンに迫る。
「福~、福~」と名を呼べば、尻尾が、いっそう激しく左右に振られた。
そしてカーテンの隙間から、チラッとのぞく。
瞬間、福は、感極まったように、バッ!と猫パンチを繰り出してくる。
見ていた家人が、「あわわわ…」と恐ろしげに言った。
この遊びは、確かに私の顔面がかなり危険に晒された。
カーテンも、それなりに傷ついたものだった。
結局、昼間、寝かせないように、家人が福を遊ばせることは、いずれの場合にも危険が伴い、ムリだった。
きらきらボールも、その投げるタイミングをとうとうつかめなかった。
だが福は、何も家人が遊ばせようとするまでもなく、数ヵ月後、福自身から家人に不可解な遊びを仕掛け始めるのだった。