(5)福の遊び – b

 福が気に入ってくれた、もうひとつの遊びに、「きらきらボール」がある。
 これはネットで買った、五百円玉ほどの大きさの、文字通りキラキラしたエナメル製の軽い玉である。

 この玉を持ち、「行くじょ行くじょ~」と言いながら投げるふりをすると、福の目は私の手に釘づけになる。
 じりじりと、やはり伏せの恰好から、お尻をふりふりさせる。
 そして、「ほれっ!」と掛け声とともに、居間からダイニングの方へ投げると、福はロケットのように飛んで行く。

 玉が、テーブルや椅子の脚に転がって止まると、福はその脚の向こう側に回り込む。
 そしてその脚越しから、前足を懸命に伸ばして、玉をチョイチョイし出す。
 福としては、脚に身を隠し、獲物から見えぬところから攻撃をしているつもりらしい。

 だが、玉が爪に引っ掛かり、離れなくなると、思わぬ反撃を食らったとでも思うのか、福はあわてだす。
 腕を振り、振り払おうとするが、玉は爪から離れない。すると、二本足で立って、懸命に腕を振るった。

 玉がやっと爪から離れ、あらぬ方向へ飛んで行く。
 それを見て、福は急いで追いかける。そして玉を、右手、左手で巧みにチョイチョイして転がしながら、部屋の中をを小走りする。

 それは、玉が福の足に吸いつくような、みごとなドリブルだった。
 だが、玉は、やがて福の手の届かない、冷蔵庫の裏やラックの下の奥の方に入ってしまう。
 そのたびに人間が探し、這いつくばって、ホコリとともに取らなければならなかった。

 この遊びは、「行くじょ行くじょ~」から「ほれっ!」までのためが肝心で、やみくもに、ただ投げればいいというものではなかった。

 行くじょ行くじょを何回か繰り返し、投げる素振りをする間に、福がその気になって伏せの体勢になり、さらに人間が投げるぞ投げるぞと見せかけ続けると、福と私のあいだに、「今だ!」と一致する瞬間があった。

 この一瞬を逃すと、福はしらけた顔になって、玉を投げても全然追おうとしなかった。

 もうひとつ、「カーテン」も、福のお気に入りの遊び道具だった。
 閉めたカーテンの向こう側に、福が隠れる。
 カーテンの下から、長い尻尾がハミ出し、左右に振られているのが見える。

 だが私は、「あれ? 福、いないなぁ。どこかなぁ、可愛い福はどこに行ったのかなぁ」と言いながらカーテンに迫る。
「福~、福~」と名を呼べば、尻尾が、いっそう激しく左右に振られた。

 そしてカーテンの隙間から、チラッとのぞく。
 瞬間、福は、感極まったように、バッ!と猫パンチを繰り出してくる。
 見ていた家人が、「あわわわ…」と恐ろしげに言った。

 この遊びは、確かに私の顔面がかなり危険に晒された。
 カーテンも、それなりに傷ついたものだった。

 結局、昼間、寝かせないように、家人が福を遊ばせることは、いずれの場合にも危険が伴い、ムリだった。
 きらきらボールも、その投げるタイミングをとうとうつかめなかった。

 だが福は、何も家人が遊ばせようとするまでもなく、数ヵ月後、福自身から家人に不可解な遊びを仕掛け始めるのだった。