安定した生活で、何不自由なく、有閑マダムの如き時間を過ごす人が、何か道楽で書いたとしても、それはどんなものだろう。
ちょっと読んでみたい。貴族のような毎日を送って、悠然と人生を送る人の文章。興味がある。
もしかして、達観した見地から、優雅で、この世のものではないような小説が出来上がるかもしれない。
モンテーニュがそうだった。
彼は、書くのが大好きで、本気で楽しんで書いていた。
そのような態度で物を書けたらと思うが、それぞれに「分」、身の丈、というものがある。
その人にしか送れない人生で、この世が満たされているように、その人にしか書けないもので、きっと文の世界も埋まっているはず。
太宰の「もの思う葦」の一文に、
「海で溺れた人間が、ほうほうのていで這い上がった。そこは灯台守の一軒家。
窓辺から、室内を見れば、一家だんらんの幸せそうな夕食の時間。」
「ああ、ここで自分が、助けてくれと叫んだら、この幸せな時間を壊してしまう。
そうして躊躇っていると、あわれザブンと大波が。
彼は、再び溺れ、もう地上に這うことはなかった。」
というような空想の世界がある。
そして続く文は、
「こんな、誰にも知られずに死んで行った人間がいる。
だが、その心情は尊く、貴い。
作家は、このような心根に目を向けるべきだ」
という、かなり私の恣意が入っているが、そんなニュアンス。
「小説は、女こどもが読む物」、娯楽の1つ、と捉えていた彼は、しかし、それだけ軽くも書けなかった。
太宰はクリスチャンではなかったが、聖書を常に持ち歩き、仕事部屋にも持って行き、とにかく愛読していたらしい。
「罪」。
罪の意識が、終生、彼にはつきまとい、その意識から物を書き、自分を救いたかったように思える。
自分がメジャーになれるはずがない。なりたいとも思わないし、なれないと思う。みたいなことも書いているし、どうしたところで、大変な一生だったろう。
自分は無頼派だ、とも云っている。
何と云おうが、太宰だなぁ、というところに、読む者(私)を帰着させるのが、この人のすごいところ。
「分かる人にだけ分かればいい。読者に、分からないと言われたら、ああ、そうですか、と言う他ない」
「文を誉められれば、縮こまって、貶されれば、ケッ、と思う」
みたいなことも云い、では、どんな批評なら気に入るのか、と問えば、きっと「理解されること」と応えるだろう。
もっと、洒落た言葉で。
今も、桜桃忌には、愛読者が太宰の墓の前で、酒でも飲んでいるだろうか。