生きたいと思うことより、死にたいと思ったことのほうが多い人生だった。
もし高層マンションなんかの10階あたりに住んでいたら、発作的に何回かぼくは死んでいただろうか。
あるいは、アメリカのように銃を持てる社会であれば、やはり何回も死んでいただろうか。
いずれも、ばかげた話である。生命に、何回も、は、ありはしないのだ。
しかし、死を思うことで、自分自身が救われる気持ちになるのは事実である。
生きるということを、もし永遠にしなければならないなどということになったら、それこそぼくは自殺するだろう。
「よく生きてきたよな」と、友達にいわれたことがある。
「そういう生き方って、疲れない?」とパートのおばさんからいわれたこともある。
だがぼくは、ただ死ねないから生きてきただけで、よく生きてきたとも、どういう生き方で疲れるのかも、実はよく分からないまま、うなずいて笑っていたのである。
本格的な自殺未遂をしたのは、22歳くらいのときだった。
フランス人の書いた「自殺── 最も安楽に死ねる方法」を買い、読み、デパートの薬局でその薬を注文して買い、それを50錠飲めば死ねるはずだったのである。
だが、根性のないぼくは25錠くらいで、もうお腹がいっぱいになって、どうしてもあと25錠を飲めなかったのだ。
だが、それだけでも効果覿面であった。
薬の副作用で、幻覚、幻聴が夜中の数時間続き、翌朝には、母の裁縫箱を「せんべいだ」といって、会社へ持っていこうとしていたのである。
母が、「おまえ、おかしいよ」と涙ぐんだのを見て、ぼくは、あ、ここが現実だ、と漠然と感じたものだった。
で、勤め先を休んで、その朝から翌朝まで、コンコンと自分の部屋で眠り続けたのだ。
ぼくは、その会社に行きたくなかったのだ。
だが、当時のぼくは、「この会社に勤められなかったら、もう、この世の中で生きて行けない」と思っていたのだ。