落ち着くまでの過程(2)

 まあ、自分の不登校が、私の自殺願望、死にたいと思った始まりだったわけさ。

 ところで、私は持久力がなくてね、もうバテて、青色吐息だ。書き始めたばかりなのにねえ。これから何を書いたらいいのか、はたしてこんなことを書いて需要があるのか? 笑ってしまうね。

 自殺? そんなもん、いいわけないじゃないか。第一、苦しいよ。何より、苦しい。自分がね。

 まわりのことを考えろったって、とにかく自分が苦しいんだからね。生きてるから苦しいんだって思うよ。

「生きてるから」。ざっくばらんな言葉だけれど、そうなんだ、実際。

 でもね。このざっくばらんさの中…中じゃないな、そこに至るまでの過程ってのがあってさ。

 一つ一つ、積み重なっているんだよね。細かなことが、…細部に神がいるっていうけど、ほんとかもしれない。神なんか信じちゃいないけど。

 ねえ、細かなことって、客観的だろう? 自分にとっちゃ一大事なのに。客観視した時、こんなくだらないこと、って思えてくるもんだろう? こんな些細なことで、ってさ。

 でも、そんなくだらないことじゃないんだよな。細部に神が宿る! 神、それは人間自身なんだよ。もっと言えば、自分自身なのさ。神も悪魔も、一枚めくれば同じようなものだからね。善悪なんてのも、人間がつくったもので… ひとりひとりの人間の中にしか、いやしないのさ。

 ああ、自殺の話だね。このままじゃ何だから、その後の話もしようか。結局小学五年…六年の時だったかに、親が小児精神科のW先生のところに相談に行ってね。父が手紙を書いたらしいんだ、W先生、登校拒否業界じゃ、当時有名だったみたいだし。本か何かで知ったんだろうね。

 そしたら返事が来てね、「この日は宿直でいるから、よかったら来て下さい」みたいに書いてあって、父と母が行ったのかな。(私が二十歳位の時に聞いたんだよ、この話)

 そこで親は、「なんでそんなに学校に行かせたいんですか。行かなくてもいいじゃありませんか」と言われたらしい。

 父は「頭をガーンと殴られた感じがした」と言っていた。

 そう、私の親は、「学校に行かなくてもいいじゃありませんか」というW先生の言葉を、受け入れてくれたんだ。母は、「ああ、そういう考え方もあるのかなぁ、って思ったら気が楽になった」って言ってたよ。

 でも、そのあとで父は言ったよ、「まあ、ぶっちゃけて言うと、もう、お前を学校に行かせようとすることに疲れちゃったんだよ」と。

 とにかく行きたくなかったからね。私はガンとして行かなかった。もう、親もほとほと、どうしようもなかったと思う。

 こんなこと書くとね、「もと不登校児はその後どうなった」みたいに妙な眼で見てくる人がいる。もし私が何か犯罪でも犯したら、「やっぱり不登校児が」みたいなね。

 まともな職業に就いて立派な家庭でも持ってりゃ、「ああ不登校でも大丈夫なのか」とかね。

 ああ、でも今はもう不登校って、そんな珍しくないのかな。まあいいや、とにかく私が最初に死にたいと思った経緯を話した。

 そう、親が「学校に行かなくていい」って考えてくれたおかげで、私は家にいられるようになった… つまり「生きていていい」って言われた気になったってこと、付け加えておくよ。