もう亡くなってしまったけれど、二十歳の頃に知己になったHさんの著書に(それは数学に関する本だったと思うが)、「八時間睡眠が良いとされているが、それに捉われてはいけない。六時間の睡眠で調子が良ければ、それでいい」というようなことが書かれていた。
この言葉は、なぜだか私に引っ掛かって、もう何十年も心の隅に、ほんとに隅に、忘れられずにいる。
予備校の先生もしていた人だから、受験生向けに書かれた、あるページの一、二行の言葉だった。
その後、「一日三食など、誰が決めたのだ。二食だって一食だっていいのだ」みたいなことを、何かの本か何かで見た気がする。整体の本だったかな。
この二つの意見に共通するのは、「自分で決めればいい」ということだ。
ひらたく言えば、常識に囚われるな、と。(これも言い古された言葉だが)
これが健康だ、などといって、「これ」に捉われる。それこそ、実に不健康なことであって、そもそも身体は一体一体、一人一人、異なっている。全く同じ構造、その構造を成り立たせている一つ一つの働きは、二つとして同じものはない。
それなのに、「これがいい」と、万人に通じる「いいこと」とするのはおかしい、ということだ。
私が不登校児だった頃、「学校に行かなくてもいいんじゃありませんか」と親に言った小児精神科医は「子育ては個育て」というタイトルの本を著していた。
個、なんだよなぁと思う。
基本は、というか本当に、というか、現実というか、実際に。
個なんだよ。個。