「私は、死のうとも思わないし、生きたいとも思わない」
「うん。けっこう、みんなそうやって息してると思うよ」
「生きている、死にたくないと思う時は、身体が苦しい時だ」
「痛い時だね。あれはほんとに…。死にたくもなるし、何とかしてくれと思う。痛みだけは!」
「それが何ヵ月も続いてみろ。しかも原因不明と診断されたら! 」
「ああ。病名って、だいじだよ。自分は〇〇病だと分かれば。分からない、しかも病名をつける医者が分からないという」
「想像は、人を殺す。想像こそが、人を病ませる… 肉体が病み、追い打ちをかけるように」
「想像によって、お前は気持ち良く飛ぶ時があれば、奈落へ落ちる時がある。そして想像は、たいてい今にない。未来か、過去にばかり向かう」
「今をほんとうに生きてる人間が、どれだけいるだろう」
「お前はどうなんだ?」
「いつも過去に囚われ、未来を不安がっているよ」
「ほんとうに今を生きるなら… 呼吸をみつめることだろう」
「苦しい時は、確かに呼吸を意識する。息をするのも苦しいからね」
「のほほんと生きてる間は、呼吸を意識しない。これを当然と思ってる。意識もしない」
「けなげだよな、身体って、ほんとうに」
「ずーっと、繰り返しているんだ。息ひとつ、吸って、入って、吐けば、出ていって」
「仔細にみつめれば、生命、か。ひとつ生じ、ひとつ死に… 秒単位で、息が生き死に、身体をささえている」
「たった一つの身体でさえ、こんな具合だ。この世はほんとうに霊妙な、神妙な糸で成り立っている」
「よくできるよな、破壊行為」
「お前だって自殺、自分を壊そうとしたろうに」
「そりゃあね。生きてたって、ろくなことはない」
「よくみろよ。お前のけなげな、56年間、絶えず動きを止めず動き続けてきた── お前が死にたがっていても動くことをやめなかったもののことを」
「頭があがらないね」
「頭なんて、ばかなもんだ。あがりようがないよ。心臓も、肺も、下のほうにあるんだから」