彼へ

生きてるのがイヤになったと。
もう、死にたいと。
── 彼は、「今ここ」がイヤになった。
「今ここ」がイヤになっている。

「火星でも行きますか」訊いてみる。
「いや…」彼が言う。
「じゃ、金星?」
「……」

ここより他の場所はないのだ。
どんなにイヤがっても、この大気圏外へ出て、ひとり生きていくわけにはいかない。
この空の下、海の横、地の上で生きるしかないのだ。

そう考えると、なかなかに広いではないか。
しかも、時間も常に今にない。
たえず、過去へ過去へと流れ続ける。

といって、未来が押し寄せるわけでもない。
たんたんと、時間、流れるだけ。

お前は過去にとらわれすぎたよ。
もう、ない、過去に。
それがお前の虚しさをつくる。
そうしてお前は虚しくなっているのだ。
お前は、虚しさそのものだ…

お前は虚しさが耐えられない!
お前自身に、お前自身が耐えられなくなっている。
その身は軽いのに。
わざわざその内側に重しをつけて、沈んでいこうとする。
そうすること望んでいる。そうしたいのだ、と。

抗え、抗え!お前の望みに抗え!
抗うな、抗うな! その身の軽さに抗うな!
お前の身は軽いのだ。軽石よりも軽いのだ。
ほれ、ぷかぷか浮いた。
ほれ、流れてく。あれがお前だよ。
あれがお前── あれがお前自体・・だよ。

何もあっちの世界へ往くこともない。
今ここ・・・にあるんだよ。
あっちへ通ずる、ばかでかい口が開いてるよ。
気持ち良く、この流れに流れて── お前だけの流れに流れて──
あの口の中へ入って行こうじゃないか、喜んで!

いや、そのまま! 力を入れるな!
進もうとなんかするな!
自然に、あのクチビルの中に入って行けるよ。
お前だけの流れに身を任せて
浮いているだけでいいんだよ

今ここ・・・── 楽しいじゃないか。
今ここ・・・から見れる…