「瞬間」

 実存主義の祖といわれるキルケゴール、でも自分はその「実存主義」が何なのかも解らずに読んでいる。
「瞬間」の解説によると、──「実存は危険な生き方だ」、というのは前に聞いた、また「この世にあるものは目的があって作られたものが多いが、人間の存在は目的があって作られたものではない」があることも聞いた、そうして実存の生き方の危険は「虚無になるから」も聞いた── が、「キルケゴールはけっして虚無に陥らなかっただろう」と解説は言う。

 つまりこの世の関係は、関係が関係するところの関係であって、それは結局自己の関係、自己と自己との関係であるから、その自己を探求し続け、その自己によって自己がどうにでもなるわけで、その自己を頼りに生き続けた彼が、虚しくなることなどなかったであろう、というふうに僕は解釈した。
 ブッダの本も結構読んだ、そこに通ずるものが、このデンマークの思索家の姿勢にもあるように感じられる。

 東洋も西洋もない、ほんとうのことは、同じようなものなんだ。
 キルケゴールを読む時、彼はキリスト教会に異常なこだわりがあった、で僕は彼の書く「ほんとうのキリスト者」を「ほんとうの人間」、「キリスト教界・」を「世界」と意訳して読んでみた。
 要するに自分に引きつけて読んでみた。
 すると、かなり理解、に近づけたように思う。
 本を読む流れ上、次に読みたいと思っていたのは「人生行路の諸段階」だったが、どうも「キリスト教の修練」(著作集17)の方が相応しいらしく、これを読み始めた。
 古本なので、前に読んだ人の傍線が引かれていたりするが、それも面白い。
 まだ、どこかに宗教アレルギーがあるが…。