川に溺れて、あなたは流されている。
周りには、誰もいない。あなたは、助かることはない。
だが、あなたは、叫ぶことができる。「助けてくれえ!」と。
それが、自由というものの意味である。
たしかドストエフスキーがそういうことを書いたのを、椎名麟三が引用し、その文章をいつかぼくは読んだ。
文学の本質、とか書いてあったか。
太宰の小説の中には、暴風雨で難破した船から、1人の乗組員が命からがら陸にたどり着き、民家を見つけてその窓を叩こうとした。
だがその窓の中には、暖炉にあたって、平和で幸せそうな家族の光景があった。
乗組員は、自分が窓を叩いたら、その家族の幸せを壊してしまうと思った。
窓の外から呆然と眺め続けているうちに、高波が乗務員を飲み込み、そのまま波にさらわれていった、という挿話のような描写があったことも思い出す。
それも、自由というものだったろうと思う。