キルケゴールを守りたい

 不意に、そんな衝動に駆られる。いや、常に活火山のマグマ、地下水脈みたいに、見えない、意識していない時と場所で、かれはいつも僕の中にいるようだ。

 それが何かのきっかけ、物の弾みで、爆発とまでは行かないまでも、噴水のように湧出するわけでもないまでも、不意に顔を出す。顔というわけでも… いや、やめよう。

「キルケゴールの弱点は、働いたことがないことだ」などという識者がいたらしい。そんな非難は、蚊ほどの価値もないにしろ、僕は昔いたというそんな識者に言いたい。言いたくなって、書き始めた。

「それがかれの運命だったんですよ。キルケゴールをばかにするな。あなたが、働かなきゃならない運命だったように、かれは働かなくていい運命だったんです。かれは、思索に明け暮れ、それを書くことが仕事だったんですよ」

「お金にならなくたって、そんなことはどうでもいい。かれは、かれの運命を全うしたんです。それについて、とやかく言わないでほしい。あなたに、かれほどの思索と表現はできません。かれも、あなたのように働くことができませんでした。同じなんですよ、形而下の違いでしかありません」

 キルケゴールをばかにする者に、僕はふつふつと湧き出るものを自分に禁じ得ない。キルケゴールをばかにするな。…僕が、ばかにされた気になる…

 この頃は、調子がいいのかもしれない。書きたいことが自然に、つながっていく。一つ書いたら二、二を書いたら三、と、引っ張られる。そして肝心なのは、引っ張られて、そのまま書こうとすることができる── 行動力だ。

 行動? 行動なんかしていないじゃないか。パソコンに向かって、タバコを吸って、かたかたカーソルを打っているだけじゃないか。あなたは仰るかもしれない。

 でも、これは行動ですよ。私は、考えていることをここに書き移しているんです。書き移さなければ、何も行動していません。でも、移動させているんですよ。コピー作業、念写、かもしれません。好きなんですよ、ええ。これが僕の仕事なんです。

 ── 言いたいことはそれだけか? 満足したんなら、寝るがいい。

 寝床で、またあれこれ考えるのかい。考えることを探しているのかい。一体、何をそんなに考えたいんだい? … 知らないんだよ。俺は何も知らないんだよ。うん、確かに知らないだろう。で、何を知りたいんだい? … 分からないよ。うん、わからないだろう。で、何が分からないんだい? … わからないことが分からないんだ。

 満足したかい? あまり調子に乗ってパソコンばっかり向かっていると、また飛蚊症がひどくなるぜ。お前、眼が見えなくなったら、キルケゴール気取りもできなくなるよ。

 そしたら、ニーチェに走るさ。模倣模倣! 僕は、その気になって、なりきるのが得意なんだ…