三度目の「リゴドン」

 セリーヌの作品13(国書刊行会)の。
 大江が「小説の悲しみ」で引用していた「白痴のちびども」をたすける箇所、戦時下の列車内で取り残された赤ん坊を見過ごせなかった箇所、〈偽善的でない優しさ〉、それ以外は… ついて行けない、という本だった。
 戦争の真っ只中にいた記憶の描写と、現在進行中のセリーヌのことが交互にめまぐるしく展開されての物語、しかもれいによって文句、愚痴… といっては申し訳ないが、悪態… 「やっと700ページだ!」と最後の方でセリーヌは云い… これはとにかくお金が欲しくて書いた(それだけ窮状だったにしても)… 申し訳ないが面白いとはいえなかった。
 
「自然淘汰… 強い者が残る… ニーチェ式!」という描写もあった。戦時下にあっては、列車の中も満員以上の詰め込まれようで、死体も怪我人もごっちゃまぜ。傷み、病んだ者は助けられようもなく…。(しかし漱石もニーチェには「あれは精神異常だ」というよう辛辣な批評をしていたし、あまり「ニーチェ大好き」と公言する作家を見たことがない。影響を受けたひとは多いだろうけれど…。

 セリーヌ、この作品を書き終えた翌日に死んでしまったから、身体が限界だったんだろうか。ぎりぎりの状態、まさに振り絞るように書いたんだろうか。
「必敗の作家」、ほんとうのこと(この定義はさておき)にこだわり、ほんとうのことを頑強に訴える(拘泥する)者は「必ず負ける」… セリーヌが再び多く読まれる時代は来ないんだろうか。
 キルケゴールも? 椎名麟三も? 大江も?
 相変わらずネットでは異世界ファンタジーの一強のような… 自分にはまったくわからない。
 goo blogとかいうのがサービスを終了するらしい。20年もあったんだ。かたや noteはいろんな企業がバックアップ… 強いものが生き残る、か。… ホントに?