「荘子」

 紀元前4、3世紀頃の思想家、荘子は、前記したモンテーニュと精神世界で大きく、強い繋がりをもっている。
 モンテーニュは16世紀の人であり、荘子とは会ったことも、その著作を読んだこともなかったろう。

 しかし、このふたりは、同じ視点で世界を見ていた。この、時空を超えた接点が、ぼくにはとても面白い。
 もしふたりが会ったなら、大親友になっただろうことが、容易に想像できるからだ。

 2400年位前になると、さすがに資料に乏しい。荘子の生い立ちなど、分からない。まして、「隠者」として生きた人である。
 生活のよすがに荘園のような所で働いていた、という説がある。かなり貧乏だったという説もある。

「ぼろぼろのいでたちで…お疲れのようですね」
 と偉い立場の人に言われ、
「いや、この身にまとっているものがくたびれているだけで、わたしは全然大丈夫です」
 と応えている描写もある。
 しかし文字を読め、書けたのだから、それなりの富裕層に生まれていただろう、という説もある。

 モンテーニュは、「わたしは父から受け継いだ財を、増やしも減らしもしなかった」とえばっていたが、荘子はどうだったのか、そんなことはどうでもいい。
 荘子がこの世に存在し、その世界をどのように見ていたか。そのことが、今読めるだけで、ぼくはまったく十分だ。

 荘子は、ただ川の流れを見つめる人だった。その「自然」に同化しようとし、同化したように生きた人だった。というのが、ぼくの荘子のイメージだ。
 ヘラクレイトスは、「人は、二度と同じ川に入ることはない。川の水は、常に新しいから」と云い、ブッダも「自然」に対して、ただ「見つめる(観じる)」態度をとっていた。

「荘子」という本も、それと近いけれど、哲学的とも宗教的とも違う、荘子独自の世界が、イソップ童話のように、あるいは短編小説、ショート・ショートのように、ふんだんに盛り込まれているのが楽しい。そして読み易い。

 モンテーニュのように難しいことを長々と書いていないから、「追う」ことのできない物足りなさはある。
 でも、眠れない夜、「荘子」を読めば、気楽な気持ちになれる。荘子の大らかさに、心地良く包まれる。

「すべては変化する。わたしも変化する。何が絶対で、何も断言することなどできない。」これが、荘子とモンテーニュが、何か云わんとする時に、たえず意識した絶対的なものだったろうと思う。

 荘子のいた時間、場所。戦国時代の中国、当時は諸子百家と呼ばれる、詭弁を用いた「押し問答家」が多くあったそうだ。
 荘子は、自分が異邦人のように感じたことだろう。これが正だこれが真だと主張する人々、時代状況の中で、だが結局、彼は自分を信じたのだ。

 自分の、何を信じたか。自分が正しいとしては、彼らと同じ相対に生きることになる。自分が真実だなどと、言いたくもないし、思うこともできない。
 彼は、ただ感じていた。観じていた。何を。正体不明のものを。不可視のものが可視のものをつくっている。可視されるものは、不可視のものにつくられている。その造物者を、彼は見つめ続けた。

 その見つめ続けた道程が、「荘子」という書物であったと、ぼくは解釈している。彼の見つめる造物者との、会話のようにも感じられる。
 腕切りの刑にあった者が、「なぜお前はそんな姿になったのかね」と訊かれる。
 訊かれた者は、「これは生まれ持っての姿です」と答える。
 あきらかに人為によって腕を切られたのに、「造物者がこういう姿にしたのです」と微笑をもって言う。

 ある日突然出来物が身体に生え、みるみる醜悪な形になった病者が、水に映った自分を見て言う、「やれやれ、造物者はとんでもない形にしおったわい」
 それを見ていた友人が言う、「そんな姿ではさぞ不自由だろう」
 だが不具者は言うのだ、「もしこの腕が鶏の形になったら、鬨の声をあげてみせよう。目覚まし時計が要らないよ。足が車輪のようになったら、これに乗って運ばれるさ。車が要らないよ」

 寓話のかたちをとって、無形の造物者の存在と、与えられた運命をそのまま、心地よく受け入れて生きようとする者の姿を描き、荘子の物語は続いていく。