春の憂鬱

駅に向かう途中の路地。
知らない家の小さな庭先から、沈丁花の香り。

くらくらっと、軽い目眩。
春がそこまで来ている。

どこの女人が、こんなかぐわしい香水をつけているのか。
昔々のサムライが、その匂いに惑わされたとか。

実家の庭にも、沈丁花があった。
子どものぼくは、ぼんやりその匂いを感じていた。

白い花びらに、紅色の花芯だった。
そのまわりには、濃緑の葉が、陽光に照らされて。

ぼくは、時々、時間の中に取り残されたような気になる。
ナルシチズムではない。

ぼくの中の、死。
ぼくは、ぼくの中の死に、引きずられて生きているみたいだ。

過去の記憶が、現在の記憶になる。
ぼくは、ぼくの中から、這い出すこともできない。

引きずられ、引きずられていく。
ぼくは…。

20歳の頃の春。
30の春。
もうすぐ40。

なまめかしい春など、来ないほうが…。
なまぬるい春なんか、来ないほうが…。

時計が、いっぱい止まっているよ。
ダリが描いたような、捻じ曲がった時計が、いっぱい浮かんでる。