レジスター

 家から歩いて20分ほどの距離に、Yというスーパーマーケットがある。
 そこの、7台前後はあったろうか、レジの、パートさんと思しき従業員は、40代~50代の女性が主流である。

 夜11時までやっているスーパーなので、夜間は若い男女がレジに立つことが多いが、昼のあいだは、おもに主婦がレジ担当として働いていると思われる。

 今日、ぼくがそのスーパーに行ったのは午後3時頃だったので、その主婦(と思しき)のパートさんたちが、レジに立っていた。

 その7台前後ほどのレジ、各レジに客は1人ずつくらいの混みようで、いわば空いていた。
 1人の客の精算が早く終わりそうなレジを見つけたので、そこへ並んだ。

「いらっしゃいませ。割引券はお持ちですか?」たぶん40代半ばとみえる、レジ嬢がぼくに訊く。
 割引券とは、水曜日限定で使える券だ。いつか、何か買い物をした時、もらっていた。

「はい、あります。」ぼくはうなずきながら答えて、券を見せた。
「失礼しました」とレジ嬢が言った。
 ぼくの買った商品のすべてのバーコードがレジを通される。

 水菜、牛乳、チーズ、りんご、トンボマグロ、鶏の胸肉。1400なんぼだった。
 ぼくはまず割引券を、代金置き皿に置いた。すると、レジ嬢は、「あ、ありましたか」と言った。

 えっ、さっき、ありますって言ったし、見せたじゃん。
 内心でびっくりした。彼女には、聞こえてなく、見てもいなかったのだった。

 この割引券は、水曜日に、1000円以上の買い物をした場合、その買った商品のうちの2つを、10%引きにするという割引券である。

 ぼくは6つの商品を買ったので、そのうちの2つを、彼女はレジを通す際、割り引く作業をしなければならなかったのだ。

「じゃ、りんごと、胸肉を割り引かせて頂きますね」というようなことを彼女が言った。
 りんごと鶏の胸肉が、いちばん高価な値段だったのだ。

 言葉はきれいだが、実に不機嫌そうにレジ嬢は再び2つの商品を10%割り引くために、レジを通した。

 ああ、自分の、言葉が、はっきり発せられていなかったんだな、と思った。
 すると、二度手間をかけて、申し訳ない気にもなった。

 2つのスーパーをハシゴして、けっこう歩いて喉も渇いていたし、ぼくはハッキリ「券、あります」という言葉を発せられなかったのだ。

 おそらく、「ああ、ありません」というふうに聞こえたのだろう。

 しかし、そんなに不機嫌そうな顔をしなくても、などと思いながら、商品を買い物カゴから袋に入れながら、急に絶望的な気分になった。

「券、あります」とハッキリ、言語明瞭に言っていれば、レジ嬢は不機嫌になることもなく、ぼくにも何の落ち度もなく、スムーズにレジは通ったのだ。

しばらく、絶望的な気分は続いた。