鹿さん

 東大寺へ。
 家から歩いて、20分くらい。
 修学旅行生らしき集団や、遠足の子ども達、中高年のツアーのような団体が、ちらほらと見えた。

 しかし、なんといっても鹿である。
 木陰で反芻しながら、ゆったり寛くつろいでいる鹿たちを見ると、どうしてもニヤけてしまう。

 くつろぐというか、「そのまま」なのだ。
 お母さん鹿が、子鹿に、「毛づくろい」しているのか、かゆいところをかいてあげているのか、子鹿の耳あたりを口でハムハムしている。

 子鹿は、気持ちがいいのか、じっとしている。
 お母さん鹿が、今度は首筋あたりをハムハムする。
 子鹿は、やはりジッとして、うっとりしている様子。
 実に、微笑ましいこと、この上ない。

 大仏殿の近くの小川、雑木が鬱蒼としている場所からは、まだ小さなバンビが。
 ひとりきりで、心細い様子。
 鹿独特の、「困ったよぉ」とでもいうような、キューン、と小さな声で鳴いていた。

 これは、べつに育児放棄されたわけでも、はぐれたわけでもなく、親には親の用事があって、子を安全な場所に置いて、どこかへ出掛けている時にこうなるらしい。
 また、親に万一のことがあっても、ほかの母鹿たちが助け合い、その子を育てるらしい。

 誰に教えられたわけでもなく、自然にしたがっているだけで、なんとも平和な世界だなあ、などと思ったりする。
 とにかく、可愛い。

 春日大社に通じる参道に出て、近鉄奈良駅のほうへ。
 小さな、小物ばかりを売るおみやげ屋の立ち並ぶ坂を下り、猿沢池へ。
 ここは、数年前に、カメが大量に駆除されてしまって、単なる藻ばかりの池になってしまった。

 スッポンの泳ぐ姿がたまに見えたり、石の上で甲羅干しするカメたちにはずいぶん癒されたけれど、残念ムネン、コネムネン。
 しかし、ああ、ここは奈良なんだなあ、と思った。

 まさか奈良に住むとは… たまたま、ブログで知り合った画家と当時作家志望だったような友達と、トヨタ自動車で仲良くなった友達がいて、カナダから恋人(今の家人)も奈良に引っ越してきたりして、何回か足を運ぶうちに、自分もここに住んでしまった。
 ふたりの友達との交流は消えてしまったけれど、画家と家人とはまだ続いている。

 どこにいようと、僕は僕だと思う。
 でも、たまに、自分はどこにいるんだろう、という気になることがある。
 ここはどこなんだろう、と。
 きっと、どこでもないんだろうな。

 でも、確かに言えることがある…
 鹿は、可愛い。