もぐらという存在

 庭に、土が盛られていた。
 二ヵ所。どう見ても、誰かが土をそこに置いた、というふうだった。
 こんもり、それは小山の体を為していて、落葉の上に盛られていた。

 知らないおじさんが、わたしの家の前の土手に、たまに現れて、大きめの石を桜の木の根元に置いたりしている姿は見たことがある。
 いよいよその行動、家の庭にまで進出してきたか、と思った。

 土手とわたしの家の境界線は、わたしが日曜大工で作った「竹フェンス」で、誰にでも簡単に開けられる、弱々しいものなのだ。
「でも、なんで土を捨てに来るんだろ」家人とわたしは、いささかの気味悪さを感じた。

 だが、わたしの頭は妄想に飛んでいた。
 ── あのおじさん、おじいさんのようなおじさんが、わたしの庭や土手にいて、石やら土を、呪術的な動きをしながら移動したり盛ったりしている。

 出くわしたわたしは、何と声を掛けたらいいだろう? 「こんにちは」だ。
「何してるんですか」と非難、攻撃的に接するのは、わたしのポリシーに反する。
 相手にも、何らかの意味があって、こういう行動をしているんだろうから。

 だが、相手は無言である。
 わたしは、会話の不成立に絶望する。
 わたしに見つめられていることなど、まるで眼中にない様子。

 彼は、ただ自分のしごとをしている。
 そして土を盛り終えると、何もなかったように土手を歩き、公道の橋のほうへ向かって行く。
 わたしは呆然と彼を見送る…

「橋の向こうの土手にも、いっぱい土が盛られてる」と家人が言う。
 橋の向こうから家まで、30m位ある。
「何のためにそんなことするんだろう」わたしが言う。

 そして彼女がネットで調べたところによれば、あにはからん、「土盛りびと」の正体はもぐらであった。
「芝生の上に、ある日突然土が盛られていた」
「庭に、急にこんもり、小山ができていた」
 たぶんヤフー知恵袋的なサイトで、その解答は「もぐらです」「もぐらです」「もぐらです」だったという。

「支線と本線があって、土が盛られているところは、本線の可能性が高い」らしい。
「でも落葉の上に置いたようにあったじゃん。下から掘って、その穴もないし、あんな土を下から出せる穴がないよ」
「よく分からないけど、もぐらだよ、これは」
 地下7mに、「道」をつくるもぐらもいるらしい。部屋もあるらしい…

「ソファーとかあるのかな」
「テレビ見たり、ユーチューブしてるかもね」
 もぐらというと、サングラスをかけているイメージがある。
「見たことある? もぐら」
「カナダで一度。(彼女はカナダに10年位住んでいた)なんかピンク色のところがあって、気持ち悪かった」
 目は見えないらしいが、目はついているらしい。

 目がある以上、昔々は見えていたのかもしれない。
 きっと、ペンギンが、空には敵が多くて、水中の、しかも寒い寒い北極で暮らし始めたように、もぐらも地中に求めたんだ、生活の場を。

 そのうち、不必要な目が退化して…。それは、進化だ。
 わたしは、もぐらと会って、話がしてみたい。
 地下の生活は、どんな感じだろう。
「どうですか、土の中は」
「いやあ、私は生まれた時からこうなっているので、こうするしかありませんや」
「ああ…」

 家人は、庭木や土手に並んだ桜の木が、根っ子がやられて枯れてしまうことを心配している。
 もぐらの大好物はミミズらしく、きっとミミズも多いのだ。
 特に家の庭は、わたしが腐葉土やバーク堆肥をいやというほど埋めたりしている。
 たぶん、もぐらにとっても悪い土ではないと思う。

 以前、アナグマが出没して、土をけっこう掘り返されたが、かれはいつのまにかいなくなった。
 網を張ったり、対策もできた。が、もぐらは土の中。目に見えない相手に、具体的な対策もできない。

 いや、対策云々よりも、もぐらという存在が、わたしにはとても興味ぶかい。
 もし彼との邂逅が果たせたら、彼はわたしの存在を、目に見えぬ何かの震動によって探知し、知るだろう。

 その知り方は、わたしなんかの力の及ぶところではない。
 わたしは、ただ彼を見て、知ることしかできない。
 だが、彼はわたしがここにいることを、見えなくても知る。
 確実に、確固として知るのだ。

「何か、生物的でない未知の震動、たとえば地上にペットボトルを置いて、その中にかざぐるまをさしておくと、回るかざぐるまの震動を察知して、もう寄ってこなくなったりする」らしい。
 すごい能力だ。もぐら、無敵だ。

 ともかくわたしには、何もできないし、する気もしない。
 もぐらにも、きっと家族がいるんだろうな、新婚さんだったりするのかな、夫は妻のために、いい部屋をつくったりしてるのかな…
 そう想うと、とてもあたたかい気持ちになる。

 やはり、会って、話ができたらと思う。
 いや、会えるだけで、嬉しいような、こんな想像ができるだけで、ありがたいような。
 もぐらを殺傷するのは、法律で禁じられているという。

 日本古来から在る生物、とでもいう観点から?(でも楽天なんかには「もぐら捕獲機」が売っている。バチン!と挟む、痛いやつだ。あんな、傷つけてまで… でも農家さんには死活問題だ、作物がやられてしまう)

「盛り土された箇所を、よく踏み固めるといい」らしいので、それだけはしている。
 加減をしながら、そっと、そーっとだが…。