やっちまったなあ、と思う。
つまり、朝だった。夜勤明けの直属の上司から、たいしたことではない(彼にとってはたいしたことだったのか)問題について、れいによって粘着的な小言が始まった。
私は早番で、これから寝ている人たちを起こさなければならない。このフロアでは実質2回目の早番で、気も張っていた。昨日の昼間のおやつについて、あれこれ小言を言われたくなかったのだ。
私の頭に、「この人と一緒に仕事をする時、必ず足を引っ張られる」という過去からの先入観が拡張肥大した。誰かのオムツを換える時、誰かをお風呂に入れる時、他のスタッフが「よく出来てますね」といった作業の仕方で進めていても、彼は必ずその仕方を止めてきた。
上司なのだから、彼の言うことを聞けば何の問題もない。だが、彼のやり方は乱暴だったし、「こんな仕事したくないけどやっている」という心情があからさまに見えていた。
指導する立場だから指導している。管理する立場だから管理する。それだけで、彼が二言目には口をついて出る「利用者さんのために」は、嘘のようにしか聞こえなかった。
ここで私の頭に、彼に対する他のスタッフの声が大きく浮かんできた。
「あの人は人の言うことを聞こうとしない」「現場をややこしくさせるだけ」「上と繋がっているから、施設長もあの人を辞めさせられない」
この声は、私を正当化するに充分な要素だった。
これからするべき私の仕事。着替え、トイレ介助、朝食準備… この時間、私は彼からいちいち見張られ、小言を言われ続ける。この想像は、私の感情の糸をぷっちり切らせた。
「もう、いいですよ」
「いや、おやつが」
「もう僕、辞めますし」
「ああ、聞いた聞いた。あとで、話そう」
個人記録紙から眼を離さず、何か言い続けるこの上司に、
「あなたの元で働きたくありません!」
きっぱり言ってしまった。
それから荷物をまとめ、私は出て行ってしまった。
やってられるか。
派遣会社に電話したが、出ず。こちらの携帯が鳴ったのは夕方だった。
「聞きました。こうなる前に、連絡して欲しかった」旨を言われる。
翌日、出勤表と施設の鍵を手に、会社へ。
「もったいないじゃないですか。利用者さんからの評判が良く、よく頑張ってくれている、って聞いていました。こういう辞め方をしたら、Kさん(私のこと…)が悪い人になります」
確かに、感情的になった私が悪い。言いたいことを言って辞めたのだから、スッキリするかと思ったが、まったくスッキリしない。なぜ、ああなったのか。自分はどうするべきだったのか、そればかりを考えてしまう。
「また紹介しますが、もう、このようなことはないように。辞めたくなったら、その前に、連絡下さい」旨を言われた。
恐縮して聞いていた。もう介護は、いいかな、と半分思いながら。