わたしのダイモーン

 それが些細事であれ大事であれ──「事」に向かうということは他人、他事、自分以外、自己の外に向かうことだ。

 これを為すべきか? 為さざるべきか? 自分に問う前に、おそらくソクラテスのダイモーンは彼に「するな」と言ってきただろう。いや、問うていたのか… 問うていただろう。あの裁判の日、彼は訊いたはずだ、「私は行くべきなのか? 行かない方がいいのか?」と。

 彼のダイモーンは、「行くな」とは行かなかった。で、ソクラテスはその声なき声に従ったのだ。今まで、このダイモーンに従って、悪いことはなかったから。今回も、行くなと言わなかったのだから、これは自分にとって悪いことにはならないだろう、と考えて。

 だから死刑判決を受けても、彼はそれを堂々と受け入れることができたのだ。彼は、その判決に不服も不満も、全く抱かなかった。彼は自分のダイモーンを信じ、それに従ったのだ。

 彼にとって、裁判の判決などどうでもよかった。自分が死刑になろうが無罪になろうが、どうでもよかった。彼は自分のダイモーンを信じた。彼に重要だったのは、裁判の結果ではなく、彼のダイモーン、彼が「するべきか否か」という「あれか、これか」の大切な時、その決断を迫られた時、「するな」という声がしたならそれに従い、声がしなかったら「する」という、そうして生きてきた彼自身のダイモーンを最期まで信じた。

 結果ではない。彼に大切だったこと、彼に重要だったことは、彼が大切にし最重要視したのは、彼を生かしてきた、彼に悪い選択を与えなかった彼のダイモーンを最後まで信じる、最上に信じる、それに従う、ということだった。

「生かしてきた」は言い過ぎだろうか。いや、彼は自分の人生を悪いものと考えもしなかったろう。生を、何ととらえていただろう。真理、真実…「正しいこと」「正しく生きること」、そのために、彼はその生命を燃やしたに違いない。そのために、彼は他者と論じ、他者とその究明、探っていくことを己の仕事、生の証明、彼の生の全う、としたのだと思う。

 誰が彼をどうしようと、そんなことより、彼にはあの裁判の場へ向かうことを「止めなかった」彼のダイモーンの方がはるかに重要だった。だが、彼自身にもその声の「主」、その声が何なのか分からない。ふしぎな声、としか思えなかった。

 彼にしか聞こえなかった声。唯一無二の、ソクラテスにしか生きて・・・いなかった、その声の「主」。

 わたしは今日、わたしのダイモーンを試した。「するな」の声… ハッキリ聞こえたわけでないが。わたしのダイモーンはそう言っていた。それはほんとうだ。

 そしてアドレス。なんて些細なことだろう。抗いたかった。これでどうなるんだろう? と。期待、不安、入り混じって。このまま「やり過ごす」こともできた。一度は、今までありがとうございました、と言い合い、それで終わっていたんだから。

 でも、わたしはアドレスを持ち、それを渡しに行った。「行かぬがいい」「やめろ」というわたしのダイモーンに抗って。

 結果は同じだ。だが、わたしはわたしのダイモーンに従わなかったことが悔やまれる。

 アドレスを渡そうが渡すまいが、どちらを選んでもわたしは後悔しただろう。「渡さない」選択もできたが、わたしは「渡す」選択をした。その方が、後悔しないと思って。でも、どちらを選んでも、結局わたしは後悔したのだ。

 些細な事だ。ひどく恥ずかしい。帰宅して、わたしはまた行動することを思い立った、「今までの知己、友人を求めて」。佐々木君、山口さん、小林さんに電話した。小林さんを除き、タイミングよく繋がった。小林さんからもその後電話をもらった。10年ぶり、5年ぶり? 時間が経っていても、心おきなく、佐々木君は喜んでくれたみたいによく話してくれた。ありがたい、友だと思う。

 あの電話をする時、わたしのダイモーンは一切止めなかった。ダイモーンに、「していいか?」とも訊かなかった。躊躇することなく、ためらいをフッ切る挙動もなく、わたしは電話をかけていた。