介護の仕事の頃(おまけ)介護職員Cの提言

 とある特別養護老人ホームで、入居者さんのご家族が職員に要望を出した。
「昼間は、あまり寝かせないで下さい。夜も寝て昼も寝て、寝てばかりいては身体に良いはずがありません。どうかよろしくお願いします」

 週4で通う職員Aは、それまでも昼は寝かせない方針で施設に勤めていた。週3で出勤してくるBは、本人が「寝たい」と言えばすぐに寝かせた。週2のCは、その時のフロアの雰囲気で、寝かせる時もあれば寝かせない時もあった。

 こういう要望が出たのだから、そうしましょうとAは言った。Bは、好きなように過ごすのが本人にいいだろうと言った。Cは、どちらの意見でもなかった。
 結局、何も変わらなかった。人間の集まるところ、ひとつの方針に皆が足を揃えることに無理がある。Aは短足で、Bは長い足、Cは片足が義足だった。

 ばらばらな3人が、ばらばらに仕事をしていた。ある日、Cが言った。「これでいいみたいだね。Aさんが寝かせてくれない理由も、あの入居者さんは分かっているようだし、Bさんが寝かせてくれる理由も、分かっている様子だ」

 Bが言った。「うん、こうしましょうって旗立てたところで、その通りに行かないのは、われわれが一人一人異なる人間どうしであるからだ。それを認めないで、どうして足に地を着けて、ちゃんと仕事ができるだろう。われわれは、形は同じ人間だが、性質、気質が同じであったためしがない。
 ただ助け合い、困った時は協力し合う。同じ職場にいるのだから、いがみ合いの素になる『相手に自己を求める』ことだけはやめよう」

 ひとり、Aだけが浮かぬ顔だった。「それじゃ、組織として成り立たぬ。皆、好き勝手なことをし出したら、まとまるものもまとまらぬ。きちっとした共通の目標を立てて向わなければ、規律のない無法地帯になるではないか」

 Bが言った、「共通の目標。その目的が何であれ、われわれ夫々に何らかの目的があって、ここにいるのは確かなことだ。それが、共通の目標をつくる下地にある。目的がある、それだけで、すでに共通しているではないか」

「何にせよ、人手不足の業界だ」Cが言った、「やさしい心をもっている人であれば、おむつ交換や入浴に時間がかかっても、大目に見ようではないか。やさしい心のある人は、よく気がつく。こちらがとやかく言えば、さらに心労するだろう。

 この施設は、『人はひとりひとり、違った人間である』を旗としよう。それで物足りなさを感じる人は、もっと規律のしっかりした施設に勤めればいい。合う、合わないの判断は、本人がすることだ。その人の人生が決めることだ」

「入居者さんにも人生があり、こっちにも人生があるということだ」Bが言った、「何のためでもない。ただ、困っている人がいたら、たすけるというだけだ」

 Aは、最後まで不満げだった。

※フィクションです