大ミサ曲 (Great Mass in C minor, K. 427)

瞑想にいい。
音楽を聴きながら、聴く自分を観じ、音に踊る気持ちを観じ、過ぎたこと、これからのことを考える自分に気づき、また呼吸を見つめることへ戻る。

まったく頭の中やら心の中は飛び跳ね、落下し、潜ったり這い出たり、忙しい。よくぞここまで、落ち着かぬものだ! まるで片時も一定しない。安住の場所を発見すれば、喜び勇んでそこへ居座ろうとする。

ダメだダメだ、喜びも悲しみも、期待も不安も、それは過去か未来のことだ。今に、それはない。過ぎたことだ、これからのことだ、それは今にない。

今にないものに、何を捉えられているのだ?
今はここにある、ただここに。今ここに。

呼吸を見つめよ、こいつを忘れるな、片時も。忘れたら、また戻ってくるがいい。あ、忘れた!と気づけば、すぐ戻れる。だってこいつはいつもお前の中と外、行ったり来たりを続けているんだから。

その一瞬一瞬は、しかもなお新しい、常に新しい。川の流れだ、一瞬たりとも、一度たりとも、同じ繰り返しではない、同じ流れではない。水は常に新しい、お前の身体に入り、出て行く空気も。

過ぎた過去に捉われるな、まだ来ぬ未来を案じるな。
お前が生きているのは、ただの今、この今の瞬間にすぎない。

今生きているところに生きず、どこに生きているつもりかな?
想念に殺されるなよ。

喜びも悲しみも、淋しさも苦しさも過ぎて行く、今も今も。留まることはない。留まらせているのはお前の頭だ。お前は常に新しいのだ、その身は。

息の根が止まるまで、お前は二度と同じ瞬間を生きることはない。