小旅行記(二)

 実家に着けば、義母の認知症が進んでいることに驚いた。
 数秒前に言ったことを、すぐ忘れてしまうのだ。

 義父が、そのたびにイライラして、厳しい口調で注意する。
 お義母さん自身も、「わたし、頭がおかしくなっちゃったから。あわれだねえ」などと言って、自分の頭をたたいたりする。

 これは、つらかった。
 夫婦、仲良く…などと、言えない。
 お義父さんもまじめに注意し、お義母さんもまじめにその時は聞いているのだ。

 お義父さんが、つれあいと病院に行っている間、お義母さんと買い物に行く。
 シャンシャン歩いてくれるけれど、もし転びでもしたら、と思うと気が気でなく、手をつないで一緒に歩く。

 無事に買い物を終え、帰ってから掃除機をかけ始めると、お義母さんも、何かしなくちゃと思ったのか、エプロンをつけて、何か働いていた様子。
 庭で草取りをしていると、お義母さんも、あら綺麗になって、とか言って、庭に出てくる。

 天気も良く、ふたりで玄関先に立ち、沈丁花が咲いてますね、とか、気持ちがいいですね、とか言って、ふたりでひなたぼっこしていると、義父とツレアイがちょうどタクシーで帰ってきた。

 みんなでピザを焼いて食べ、また僕はタバコを吸いながら草取りをし、つれあいは自分の部屋で休み、義父は居間でテレビや新聞を見、義母は何をしていたのか、それぞれの時間が過ぎる。

 夕方になれば、「ニコニコ弁当」という高齢者用のお弁当が配達される。
 僕らが家に着いたのは6時頃で、「お昼、食べた?」とツレアイが両親に聞いていた。

「食べたかしら」
「どうだったかなあ…。食べたと思うよ、食べた」
 お義父さんも、お義母さんほどではないが、それなりにモノ忘れをする。

 食べていなかった。
 お昼に配達されたお弁当が、そのまま保冷バッグに入って台所のすみに置かれていた。

 東京に住んでいる義姉が(会社の役員のような仕事をされている)、週に何回か来ているようだが、さぞご心配だろうと思う。
 ツレアイは老人ホームに入れようという意見だが、お義姉さんとしては出来る限りのことをしたい様子。

 施設に入れると一気に認知症も進行するような気もするし、住み慣れた家でのんびりやってほしいけれど、老々介護にも限界がある。
 いっそ僕が平日、世話をさせてもらって、週末に義姉、というふうに交代でしたらいいかと考える。

 が、ずっとそんな生活が続くか。
 ムスコでもない僕に、気を遣う感じだし、それは気の張りになってシッカリされるように見えるけれど、僕がいなくなったあとの「反動」も怖い。
 パート勤めをするツレアイにも持病がある。

 冒頭に書いたが、義母の「おかしな言動」に、義父が怒るように注意する。
 これは、仕方のないことだと思う。

 毎日、毎時間、数秒前のことを忘れるひとと、一緒にいるのは大変なことだ。
 長年連れ添って、しっかり家事をしていた妻が、以前と全く変わってしまった、やりきれなさ、かなしさ。
 お義父さん自身、歩行もあやういところがあって、自分のことも情けないと感じられている。

 義父は、温厚で、優しいひとだ。
 僕は、亡くなった実父とより、よく喋っている。
 勤めていた会社のこと、子どもの頃のことなどを話してくれる義父は、じつに楽しそうだ。

 義母も相槌を打って熱心に聞く。
 そして何か妙なことを言うと、義父はまたか、とイラだつ。
 お義母さんが傷つく。そんな繰り返しだった。

 お母さんの気力が、いつまで持つか… と、つれあいは心配している。
 おとうさんは、もうハナからおかあさんを否定してかかっているし、常にモンクを言われる。
「自分はダメなんだ」と思ってしまう。

 いつかは、「消えたい(死にたい)」と言っていたらしい。
 だが、おとうさんが厳しく言ってしまうのも、ほんとうに無理からぬことだと思う。
 そしておかあさんが言い返せば、クチゲンカになってしまう。

 僕は二泊して、三日目の夜においとました。
 義姉が夜遅く来る予定で、僕がいると義姉の寝る布団がない。
 ツレアイが、ホテルに予約をしてくれていた。

 ひとりの部屋で、テレビをつければ、ウクライナ。「目の前で、町が壊されていくのを見た」と、涙ぐむように話す老人。

 こどもが、爆撃の音が忘れられず、取材班のテレビカメラを砲弾と思うのか、怖がって、お母さんに抱きついて顔をうずめていた。
 映すな、映すな。さっさとカメラをどけろ、と思った。

 北朝鮮が、新しいミサイルの開発に成功した。
 黒いグラサンをかけて、ばかな映画俳優みたいなかの国の為政者が、プロモーションビデオ。
 何やってんだ。ほんとに、何やってんだ。

 家に、テレビがなくて、よかった。
 毎日、あんな戦下の報道、見ることになったら、いくら涙があっても足りゃしない。
 チキショウ、チキショウ、どうしてか、怒りが込み上げてくる。

 攻撃し、「制圧」して、それでどうなるのか?
 あの部隊、それを仕掛ける為政者たちに、ずっと問い続けたいと思った。
 で、どうすんの? で、どうすんの? で? で? ずっと、ずっと、問い続けてやるのだ。

 そしてコロナと、こないだあった地震の影響のこと。
 NHKもTBSも、同じ順番で、同じニュース。
 この世界、ほんとうに、やばいんじゃないか。
 もう、戻れない。

 翌朝、またつれあいと合流して、奈良に帰ってきた。
 そのことはまた次回に書いて、今回の小旅行記を終わろうと思う。