チェリー

 ぼくの住むところは、お寺が多いせいか、よくお坊さんを見かける。
 バイクに乗っているお坊さんとよくすれ違うが、袈裟を着てヘルメットを被って、カッコイイ感じもする。

 だが、そのお坊さんよりも魅力的なのが、某寺の門の所にいる「チェリー」という名のラブラドールだ。
 いろんなものが小型化している今にあって(音楽を録音するUSBなんか、形さえない… あるけど)、これぞ犬、というふうな犬。

 つまり、大きくて獣臭くて、けっして汚くないとはいえないけれど、その人の気持ちを見透かしたような眼、いや、心、のようなものが通じ合う、貴重な瞬間を与えてくれる犬。
 真っ黒な毛で、女の子。大きな耳は垂れていて、横たわった耳付近を撫でていると、チェリーは半開きになった口から、うっすらヨダレを垂らす。

 毛は油っぽくて、撫でた手が黒くなる。でも、そんなことは、たいした問題でない。
 チェリーは、ぼくが撫でるのを好いてくれているし、ぼくはチェリーを撫でるのが好きだから。

 以前、首輪の近くを、何か訴えるように後ろ足でやたらと掻いていた…「ん? ここがかゆいの?」と言いながら、掻いていると、小豆ほどの腫れ物、突起物に触れた。
「これは…これだったの。痛かろう、こんな…」そう言うと、
「そうなのよ! わかってくれた?」という眼でチェリーは真っ直ぐ見つめてきた。

 でもぼくは1通行人。飼い主ではない。お寺は浄土宗。自然に任せる、という教育方針?
 いや、宗教のことはよく分からないけど、ぼくが飼い主でないことは確かなのだ。

 わざわざピンポン鳴らして、こんなデキモノができてます、と報告するのもはばかれた。
 ごめんね、何にもできない… ああ、こうしてチェリーも人間不信の穴に落ち込んじゃうのかなと悲しくなって、くるしくその場を離れた。
 良くなりますように、とは祈ったが。

 数日後、行ってみると、その腫れ物は小さくなっていた。
 良かったねえ、良かったねえ、とまた撫でる。こっちが嬉しがると、チェリーも嬉しそう… な気がする。
 長い時は30分ぐらい撫でている。背中、太腿、首輪の周辺、チェリーは仰向けになってあられもない姿になるので、お腹も撫でる。

「そこ、そこ」という所は、後ろ足で訴えてくるので分かる。
 あ、ここかゆいの? と言いながら、撫でる… というより、彼女の後ろ足の代わりにぼくが手のひらで、さする、というべきか。
 するとチェリーは、お返しに(?)ぼくの腕を、牛タンみたいな舌でべろべろ舐めてくれる。

 こんなふうに書くと、いかにも親密そうな関係だけど、チェリーはたぶん誰でもいいのだ。
 実際、彼女のファンは多いと思う。チェリーを撫でに行って、先客がすでに撫でていることもあった。

 彼女が何を考えているのか、もちろん分からぬ。
 でも、尻尾を振って嬉しそうにしてくれて、ぼくも尻尾があったら振るだろう、それだけで、もう、いいんでないかと思う。