スーパーマーケット考

「増量」に弱い。20%増量中のポテチとか、10%増量と表記された歯磨き粉・洗剤の類い。それが広告の品であったり、通常より明らかに安ければ、買わねばソン、みたいな気持ちになる。
 ところで、家から徒歩圏内に3つ、自転車圏に2つのスーパーがある。それぞれに特色があって重宝している。しかし、自転車圏の1店舗が、新装開店に伴い、「半・セルフレジ」といった形態になったのだ。

 レジは、レジとしてある。そこにはちゃんとレジ嬢もいらっしゃる。客の置いた買い物カゴの中の商品を、店内専用のカゴへ、POSレジを通してピッピと移し入れる。
 そして、「○○円です」とレジ嬢は言わない。「○番でお願いします」と言うのだ。その○番に行って、機械にお金を入れ、おつりを機械が出すのである。
 レジはぜんぶで5つくらいあった。大抵のお客が、そのピッピを終えたレジのすぐ脇にある「○番」を指定され、そこで清算を終えていたが、よく分からない客のために、案内係の店員も1人、常駐しているようだった。

 結論から言って、これは客のことを考えたシステムではない。
 というのも、レジに行く→ 清算を終える→ 袋づめする台に行く、という過程で済んでいたのに、「清算台に行く」という手間が増えたことになるからだ。
 そしてレジ嬢は人間であるのに、マシンの一部のように、ただピッピするだけになってしまった。

 数多い商品の中から、客は選りすぐって買い、だいじなお金を代価として払うのだ。その相手が、人間でないというのは、どういうことなのか。
 スーパーのレジというのは、日常生活の中で大切な場所だと私は思う。
 レジは買い物を終える最後の関門であり、レジ嬢の応対によって、客の人生さえ決まりかねない。つっけんどんな対応のために、おたがいが不幸になる、殺傷沙汰に発展することもあるやも知れぬ。何より、店の良し悪しを決める、客の心象としての最重要地点・それがレジだと思うのだ。

 新装前は、小さかったけれど、コンパクトに収まって品揃えも豊富で、そしてレジの人たちが気さくで、私はこの店が大好きだった。
 その気さくさは、客とレジ嬢で金銭の授受が行なわれる中で、より体感できるものだと思う。おつりを手渡し、手渡され、「ありがとうございました」と言われ、こちらも「ありがとう」とか言って、初めて店との関係が成立していたように思う。
 ただピッピやるだけでは、おたがいにありがとうも言えない。

 2回ほど行ったが、もう積極的にこの店で買い物をしたくないと思ってしまった。広くなって、やたら歩かされるし、最後のレジがこれである。ご老人だって、あまり行きたくないだろうと思う。清算台の液晶画面は小さく、見にくい。音声が何か言うけれど、それは機械音なのだ。「えっ?」と聞き返しても、何も答えてくれない。
「おつりをお取り下さい」のピーピー音が、あちこちからけたたましい。
 これから、こういうスーパーが増えていくのだろうか。