スーパーの駐輪場に自転車を置いて、入り口に向かっていたら、
「あ、仮面ライダー」
と子どもの声がした。
何か微量の緊張が含まれた声に聞こえて振り返ると、買い物を終えたお母さんが押している自転車の、後部チェアに座る子どもが、振り返ってぼくの方を見ていた。
もちろんぼくが仮面ライダーであるはずがない。下を見ると、その子とぼくのちょうど中間に、小さな物が落ちていた。
もともと落ちていた物かもしれない。でもきっと、これのことを言っているんだろうと思った。
このまま通り過ぎようかと一瞬考えたが、その落ちている物にぼくは吸引された。
もう一度自転車を見ると、お母さんの握っているハンドルの所にもチェアがあって、そこにも幼い子が座っていた。
ハンドルを握ったまま、お母さんは立っている。
その落とし物はぼくから1.5ｍぐらいの距離のところにあって、そのお母さんからもやはり1.5ｍぐらいのところに落ちていた。
吸い寄せられるように、ぼくはその小さな物を拾って、子どもに渡した。
仮面ライダーの指人形だった。
「どうもありがとうございます」とお母さんが明るく言い、「ありがとうは？」と子どもに促す。
「どうもありがと」と子どもが言った。
「どういたしまして」とぼくが笑った。
再びスーパーへ向かう。この出入り口は自動ドアだった。
ぼくが入り口に立った時、まったく同じタイミングで、向こう側に立った人が見えた。
自動ドアが開く。（そりゃ開くわな）
ここは、大人2人がすれ違うには少し狭い感じのする場所で、相手は、ぼくを先に通そうとして脇に立っていた。
ぼくも、相手を先に通そうとして脇に立っていた。
見ると、お腹の大きな妊婦さんだった。
「どうぞ」やさしそうなふりをして言うと、「どうもありがとうございます」と言われた。
落とした物を拾われたり、順番を優先されたりしたような場合の時、ぼくは、「どうもすみません」と言ってきたと思う。
しかし、「どうもありがとうございます」と言われた方が、気持ちいいような気になった。
ハニカミや、遠慮の入った小声ではなく。
極々自然に、ハッキリと、「どうもありがとうございます」
ぼくが、そう言うべき人は、いっぱい、いるような気がする。
いや、気のせいではなくて。
いっぱい、なのかどうかも数えていないけれど。
今まで、ぼくは、とにかく、いろんな人に…。