「お前、何のために生きてんだ?」

 という問いを、されたことがある。
 予備校生向けの小雑誌をつくる出版社の社長から。
 ぼくは頭の中にいろんなことが思い浮かんで、どれがいちばん自分の本意に近いか、考えていた。

 すると、「自分を知るためだろう」と社長はのたもうた。
 それは、ぼくの頭の管轄外の言葉だった。

「いいか、お前はハンパ者だ。オレも、ハンパ者だ。ハンパ者が、どうやって生きていくか、なんだよな。」
 キャスターを吸いながら、社長はニヤリと笑って、言った。

「お前のやりたいことは何だ?」
 微笑みを口元に軽く浮かべながら、社長はさらに言った。
 やりたいこと。何だろう、と考えるものの、コレといったものが何もなかった。
 漠然としていることだけが確かだった。

「自己表現だろう。」社長が、答えを述べた。
 自己表現。そんな言葉を初めて聞いたようなぼくは、その言葉にうっとりした。

 20代の、ストレイ・シープ時代。(今もか。)